(117)モノローグ    2009.11.10

シェークスピア「ヘンリー6世」の舞台上演
ここまで書いて来た「ワルキューレ」比較試聴記を一時中断して、これを記載することにした。場所はオペラやバレエをやる新国立劇場にある中劇場。キャストは芸術監督が鵜山仁、舞台監督北条孝。

52年もの間、ずっと観たかった。中学一年生の時に坪内逍遥訳の三十数冊の青い表紙の本を読んで以来、これを実際に舞台で観るには英国に行かなきゃ無理かな、と思っていた。特に歴史劇に興味があり、薔薇戦争は格好のものだったのである。薔薇戦争に至る英仏の100年戦争で荒廃したアジンコート(アジャンクール)城址等を眺めるとため息が出る。例え列車の窓から見てもだ。

舞台装置
実に長い芝居だった。我々は11月7日、11月8日の2日間に分けて観たのだが、連続したら9時間だ。おまけに初台は我が家から遠く、車、JR外房線、総武線、都営新宿線、京王新線と乗り継いで片道2時間。ここを2往復するだけで8時間強、それに上演時間は9時間で、合わせると17時間強に上る。滅多に上演しない理由の一部はこれで分かった。シェークスピア劇に親しむ前に体力を養って置かないと、と思った次第。最終日は11月23日で、全3部通し公演。

演出家のウデの鳴る所だろうが、やや実験劇場風の舞台。あまり小道具を置かず、多くは想像力で補う。そしてあらゆる方向に出入り口が有るらしく、突然俳優たちが現れたり消えたりする。俳優たちの一部は客席側からも登場していた。そして各方向にスポットを当てる証明係とそれを指示した演出家の素晴らしさ!真正面から登場する時、それはまるで王者の如く、に見える。またその正面奥では舞台が少しせり上がっている。そして各登場口にスポットを当てた際は、他の通路は真っ暗だ。このテクニックで多くの場面転換をはかろうとするもの。そして各部の開始約2時間でインターミッションになるが、それもゆっくりと天井等が照らされ、背景が浮かび上がる型式であり、中々良いと思う。ホッとする。これでつかの間の足休めが出来る!(ここは客席数の割に舞台を広くとるためか、通路や足下はギリギリの設計で狭い)。まるでバイロイト祝祭劇場。こういう実験劇場の作りについて、どこでもそうよ、と言ったのは妻である。これが完成品を収める額縁付きの舞台だったら、NOWの舞台では無くなるだろう。今回使用した小田島雄志の訳は現代劇風、私が好きな福田恒存だったら新劇風、そして最初に読んだ坪内逍遥のは歌舞伎風だと言う。

このインターミッションにロビーでドリンクを飲んだが、飲み終わる頃にはもうブザーが鳴る始末。急がなくチャいけない!気の毒にも、女性用トイレは満員だ。劇場全体に関わることだが、床が多層構造になっているので、途中で階段が幾つかある。あれを何とかバリアー・フリーにしてくれないかな。私も今こそ其処を乗越えられるが、いずれ気になる箇所だと思う。せめて色分けするとか、目印して呉れないと、ウッカリ走る観客がいたら危ない。

そろそろ終りだな、と感じたら即幕になる。一瞬だけ全体が真っ暗になり、間髪を入れずライトの中を登場人物達があらゆる方向からしずしずと登場してフィナーレを飾る。この型式は素晴らしいと思った。特に第1部のフィナーレは印象的。しかし第3部のフィナーレは、背景の絵画の投影が少しどうかな、という感じ。我々の席は2階の最後列の2連席と、そのもう一つ前の2連席、と毎回変る。それらの席は中央寄りだったから、フィナーレ時は特に良かった。第2部はかなり右よりの席だったので、中央奥で何があったか良く見えない。その代わり、地面部を大きく拡大した舞台の前には、水を張った池があり、その池の周辺で起きたことは第2部の席からは全部見えた。他方、第1部と第3部の時(池が足下にあったため)はやや観づらかった。また劇中に時折BGMが流れるが、その選曲はちょっと甘い(ロック、民謡、ラブソングの典型的なもの)。

役者たち
この劇の主役が誰か、は見方によると思う。ヘンリーその人かも知れず、ヨーク公かもしれず、マーガレットかも知れない。役者たちはあの長大なセリフを覚えたのだから、これは感激もの。あから様な言い間違えが2回あったが、あれは本当に間違えたのか、それともわざとかは、分からない。登場人物は総計37名だが、ポスターには36名しか印刷されていない(高橋郁哉が抜けている)。演じられる役柄の総計は約300名に上る。まるで源氏物語だ。大ベテランからこれが初舞台という若武者まで含む。戦記物だから、男性の俳優が圧倒的で、女優は6名のみ。発声は皆クリアーだったが、渡辺徹演じるヨーク公は声がやや優し過ぎ(と言うより声が柔らかく広がる感じ)、浦井健治演じるヘンリーは声が弱々しい(これは演技だと思う)が、しかるべき所ではリンと響く。木場勝己のトールボット卿、村井国夫のサフォーク公、上杉祥三のウオーリック伯、中嶋しゆうの前グロースター公、そして岡本健一のリチャード(後のグロースター公)など、堂々たる発声で、力強い役作り。女性陣ではジャンヌ・ダルクとヘンリー6世の皇太子エドワードを兼ねたソニンは声は良く透るが、やや声のキイ音が甲高く、キャンキャンした感じ。中嶋朋子のマーガレットは堂々たる声で、あの長いセリフを演じ切る。久野綾希子のグロースター公爵夫人は長いセリフで不幸な役柄を演じる。那須佐代子のエリザベスと内田亜希子のボーナ姫は極く普通。新人の高橋郁哉は声は若々しく良く透っていた。他に良いな、と気に留まったのは清原建之のトールボットの息子役。
「ヘンリー6世」の役割表を眺める筆者の写真(新国立劇場にて)
「ヘンリー6世」の役割表を眺める筆者の写真(新国立劇場にて)

そもそもヘンリーは信心深く、争いを好まず、まるで今はやりの草食系男子なのだ。この人の治世だったら争いを避ける事も出来たのではないか、と思うが、そういう静的な人間だからこそ、その周辺に眼をギラギラさせ、野獣のごとき権力の亡者たちが跳梁する。この争いはヘンリーが思うままに人を操れたら、起きなかったはずである。歴史上はこの時期のヘンリーは精神障害を患っていたという説あり。声を潜め、静かに話し、演じる浦井健治は、魅力的な声と響きがあるはずなのに、徹底してここでは抑えている。また立ち姿もやや背中が猫背になって丸く、威厳に満ちる王とは正反対の風貌。第2部ではヘンリーは哀しみの余り卒倒してしまう。その倒れ方は余りにリアルだったし、冠で怪我をしなかっただろうかと思う。岡本健一演じるリチャードはあらゆる意味で、次作「リチャード3世」の内容を予言するように、「あのビッコ」とか、「神の造作の過ちで出来た人間」等の罵詈雑言を浴びせかけられていた。

中嶋朋子演じるマーガレットはまるで舞台回しのごとく、考えられる限りの自立した、意志強固な、そして目的意識の鮮明な女性である。実際マーガレットを観ていると、この時代に女性に王位が認められない不幸が見えて来る。マーガレットは王妃というより女王そのものだ。彼女は弱々しい夫に欠けている点を全て持っている。最初からマーガレット流にやれたら、逆にヘンリー流で一貫させられたら、この争いは回避出来たはずだ。

ここに登場する男達の多くは兵士だ。兵士の雄叫び「ウオー」とか「ワー」とかが満場に響く。これは日本だったら秀吉の時代で、実は私の嫌いな戦国風の武士集団特有の響きを出すのだから、時々イヤになる。実際、西欧でも日本でも雄叫びは共通か。それを受けて兵士たちの「ワハハ」という豪傑笑いも、余りに典型的なもの。

「ヘンリー6世」はシェークスピアの処女作である。27歳前後のものだと言う。若書きの特徴として、多くのプロットが並び、各場面の解説が詳しく書き込まれている。第1部なぞ、解説が長過ぎないだろうか、と思う瞬間がある。ジャンヌ・ダークに関わる話が、どう全体に組み合っていくのか、観客としては全体に占める役割が明らかにされるのを期待するが、あまり良く伝わらない。第2部後半にある「ジャック・ケードの乱」の描き方にもそれが言える。ケードは重要な歴史的事件だが、それが薔薇戦争といかに関わったか。もう少し省略するのは許されないか?ケード役には渡辺徹が相応しいんじゃないか、とも思う。「蜷川幸雄が描くヘンリー6世」と言うのが来年3月に埼玉県で開かれるそうだが、そちらは全部で6時間程度だと言う。どう省略するのだろうか。

途中、光りの当て方等で、素晴らしいシーンがあった。誤って息子を殺した兵士と、誤って親を殺した兵士、そして誤って国を滅ぼしたと同然のヘンリー6世の場面。この時ヘンリーは天井から吊るされた椅子に座って降りて来る。空中の使用はここで初めてだ。テンプル法学院の庭に植えられた赤薔薇と白薔薇は後々まで争いを起こす。それぞれの時に赤や白の大きな布を広げて、「今勝っているのはヨーク方」、「今負けたのはランカスター方」と言うのが直ぐ分かる仕掛けになっている。こういう風に演出されると当たり前みたいだが、それを思いつくのは大変だ。演出家の才能が光る(音楽はあと少し、としても)。衣装は全体に保守的で伝統に沿うものだった。

全体を通して、劇の進行スピードがドンドン上がって行くのが分かる。俳優たちはその進行に合わせ、セリフを早口に喋らなければならない。どうしても翻訳演劇の上演では、セリフが余りに長くなる。本当に長い。この言葉は大切だから省略したくない、すべきでない、という言い分は分かるが、それにしても長い。第1部冒頭のセリフを理解できず、オヤと思ったくらいだ。これは後に分かるようになったが、とにかく長い弁舌である。それが真実らしく響くのは一重に、俳優の演技力であり、演出家の才能だと信じる。第2部で、兵士の倒れる場面があるが、あそこで兵士役は思い切り倒れたから怪我をしたかも知れない。捨て身である。また水辺に倒れた者は、頭を少し下方にして倒れたから、血液が頭に貯まって可哀想に、と思ったくらい。途中で何度か華々しいチャンバラの場面があった。それを見る時、特定の俳優の動きをずっと追いかけて見たら、面白かった。どこで力を抜くのだろう、と回りの皆を見たら、誰も抜いていないのである!

最後に俳優,女優が、あのセリフと仕草を体に覚えさせた苦労に感謝する。何と言っても演劇にはこれが必要なのだ。そして自分自身を騙せなければ、観客を騙すことは難しい。自分を騙せるほど、その役になり切らなければならない。だからこそ、如何に短いセリフしかなくても、その役になり切るためには、全体像をしっかり体に叩き込まなければならない。その労苦を考えると幾ら感謝しても足りないくらいだ。全3部作が終了して、ずらっとキャストが舞台に並んで御辞儀をした時、これを確信した。

終りに
なぜ俳優たちの演技に感心するか、という問いに対しては、自分自身の課題と似ているから、というのが答えだ。私の商売では新たな事実を口頭で述べ、それが如何に新しく、如何に価値ある(?)発見か、を説得する作業である。昔から、これは演劇と同様の苦労だ、と思って来たのである。まず自分自身で覚え込み、それが如何に真実であるかを確信するか、である。自分が信じていないことをどうして他人が信じようか?(私は12月に講演を依頼されており、その準備にとりかかっている。僅かな時間しか割当られていないが、その為の労苦は多い)。「ヘンリー6世」の各公演では、各回の公演毎に完結を目指さなければならない。それだけ緊張した作業を、まだ今月末まで何度も繰り返す。毎回、毎回新しく生命を吹き込む作業である。頑張れ。そして素晴らしい作業をやっている俳優と演出の皆さんを、心から応援します。まさにシェークスピアの言うように、「全世界が舞台、男も女も皆役者」なのだ。
千葉のF高



昨日1.ベルリンの雨-その6 2009.11.10入力



1984年5月9日(西ベルリン/シュツットガルト/ミュンヘン)

1984年月10日(ミュンヘン/ノイシュヴァンシュタイン)
ノイシュヴァンシュタイン城行きのバスは8時15分発だから、目が覚めると大急ぎで朝食をかきこむ。パンを2種類、ジャム(サクランボ)、レバーペースト、リンゴ、チーズ、ゆで卵、サラミ、フルーツポンチと紅茶のポット。

昨夜のうちに、ホテルでバスのパンフレットを手に入れておいたので、迷わず乗り場に直行。ネプチューン噴水のそばである。既にそのあたりには何人かの観光客がたむろして待っている。切符は運転手から直接買えると思い込んでいたが、アメリカ人老夫婦が切符を持っているのを見たので、予め買っておかなければダメだろうかと彼らに尋ねてみた。多分駄目だと思うから、向こうのビルにある旅行社で今のうちに買って来なさいと勧められた。バス席に収まる。乗り込む直前、日本人の女の子が一人寄ってきてロマンティック街道へ行きたいのだが切符はどうしたらいいかと聞く。さっき教えてもらったばかりの旅行社を指差して教えた。女の子は何も言わずに歩いて行ってしまう。かなり失礼だと思うが。

車中から外を眺めていたら、やはり無切符で乗り込もうとしているアメリカ人夫婦がいて、ガイドに止められていた。夫婦にはドイツ人の女性の付き添い(多分エージェントの人間だと思う)がいて、バスのガイド(50代のドイツ人)と揉めていた。ガイドははっきりと、誰でも切符を買ってから乗るのは当たり前である、あそこへ行って買って来なさい、と言う。もう時間が無いから、と女性のエージェントは抗弁したがガイドはがんとして聞かない。

発車寸前に日本人の年配の紳士が乗り込み、僕の隣に席をとる。実をいうと、外国でまで日本人と道連れになるのは面倒だと思ったのだが、紳士と見たので話相手になる。Tok大の医科学研究所で組織剖検をやっている教授だという(Ak)。ミュンヘンで学会があって、そのオフに仲間から抜け出して観光見物に行くのだという。他にも日本人家族が2組。あとはアメリカ人とドイツ人が半分づつ。フランス人が若干。ガイドは実にあざやかにドイツ語、英語、フランス語の3ケ国をあやつり、この3ケ国語で案内を繰り返す。大変うまい。言語だけでなく話術も心得ている。正にプロフェッショナルだと思う。道中ドイツ人2人が声高にお喋りしていたら、ガイドがアローと声をかけ、ひとが案内し、それを聞いているか、聞こうとしている人がいる場合は、妨げになるようなお喋りは慎んで欲しいと注意する。立派なものだ。

バスはたちまち市街地を抜け、バイエルン地方の牧草地の中を走る。どこへ行っても耕作している光景は見当たらない。緑がびっしりと覆っているのだが、農耕しているお百姓さんは見つからないのだ。少し天気が崩れてきたかな、と思っているうちに遠くの山並が見えてきた。バヴァリア・アルプスである。ミュンヘンを出て約3時間でノイシュヴァンシュタイン城が山腹に見えてきた。霧の中に浮かぶ。4時間停車して待っているから、その間は勝手にやれ、とバスガイドは言う。下車するとすぐにレストランに駆け込み、トイレだけ拝借して出てくる。(我ながら心臓が強くなったものだ。)別便の山岳バスみたいなマイクロバスに乗り込み、城の真下まで行く。この城内はガイド付きツァーでしか見物できない。ドイツ語グループと英語グループの2班ある。英語グループはあと30分待たなければスタートしないと言う。そこでかなりの人がドイツ語グループに行ったが、僕は英語班の開始を待つことにした。

岩波ホールで見た映画「ルートヴィヒ」でこの城内はおなじみだったが、現物を見ると色々な意味でやはりすごい。装飾過剰、ゴテゴテしている、趣味が悪い、野暮ったい等々、悪口はいくらでも言えるだろうが、これだけ徹底してしまうと迫力がある。大変な凝りようだ。全くごまかしのない建築物だ。お向かいの山から落差式で水を引いてきて、ちょうど王様の寝室の洗面台に水がほどよく吹き出すように作られている。壁には数々のワーグナーの楽劇の場面。ある部屋はタンホイザーで塗りつぶされ、別の部屋はローエングリンで、その隣はトリスタンとイゾルデ。ここの城内ガイドの英語は分かりやすいが、余り壁絵の説明はしてくれなかった。もっとも説明の必要がないくらい周知の絵ばかりだった。ただ、「神々のたそがれ」を描いた部屋をほとんど素通りといっていいように素っ気なく通り過ぎたのは不満。またパルシファルの場面がすぐに気がつかず、ハテこんな中世の風景がワーグナーにあったかしら、と首を傾げたが、ガイドが喋りだす直前に思い出した。台所まで見せてくれたが、なかなか近代設備を持っていて、1世紀前のものとは思えない。ツァーの終わりにガイドに硬貨をチップとして渡す。

この城のお向かいにあるホーエンシュヴァンガウ城は、外観を見るだけにとどめた。この城とノイシュヴァンシュタイン城に挾まれて美しい湖水があるのだが、ここで写真を撮る。湖畔から道路へ上がろうとする時ふと見るとドイツ人が木陰で自然の欲求を満たしている。なあんだ、彼らだってするんじゃないかと思う。(ウィーンでも見かけた。)。テイクアウト・レストランでリバー・ブルスト(焼いたレバー詰めソーセージ)とヴァイス・ブルストをとり、Ak教授と一緒に庭のテーブルで食べた。もちろんビール付き。

帰途オーバーアマガウ近くにある木彫り人形(キリスト像とかマリア像とかの)の店のそばで停車。余りに高価なので何も買わず。バイエルン名物のカッコウ時計も高い。ヴィース教会でも停車。内部は美しいフレスコ画で埋まり、よくこんな草原の真中に教会なぞ建てたもんだと思う。人々は盛んにフラッシュを焚いていたが、入口には掲示があって「観光客の皆さん、ここは教会です。博物館ではありません。」と書いてある。また小雨が降ってきた。

Ak教授は、自分はバロック音楽は楽しめるが、どうしてもロマン派の思い入れたっぷりのもの、人声の入ったものはなじめない、と言う。前にニューヨークで逢ったラモント研究所のHo氏もヘンデル以後はダメ、と言っていたよ。僕とは趣味が違うようだ。僕はもっとドベドベ、ギロギロと情念に満ち、血の匂いのするものが大好きだ。でもこのことは教授には黙っておいた。

6時頃ミュンヘンに帰着し、ホテルに戻ってみると、Kt氏のメッセージが置いてあり、「ばらの騎士」の切符は入手できたとある。食事がてら再び町中に出て、旧市庁舎とかショッピング街を覗く。なにしろヨーロッパは夜9時まで明るいのだ。店は大概閉まっているが、ショーウインドウは煌煌と灯をともしているから、記念品を物色するには便利。バイエルン王家の紋章の入った錫皿が一枚欲しいと思ったがどれも大変高い。一番安いのが55マルクの壁掛け。大皿となると160マルクもする。バヴァリア・クリスタルも種類が豊富で、日本などより遥に種類が多く割安なのだが、割れ易い物を持ち歩く訳にいかないのであきらめた。本当はクリスタルの燭台を2本欲しかった。ニューヨーク以来の願望だったのだが。クリスタル・グラスも大変種類が多く、デカンタ等よりどりみどりである。日本のデパートなら3〜4種類しか無いもの。ミュンヘン駅前の地下にあのウールワースがあり、その中でも錫皿を見つけた。これは大変安くて17マルク。でもペラペラの安物だ。記念品というのも探すのには大変手間がかかる。ローソクの装飾品も数多いけれど重くてかさばるものねえ。

くたくたになってホテルに帰り、9時頃ベッドに入ってしまった。少しウトウトしていたら電話が鳴る。Kt氏が切符を届けて呉れたのである。びっくりしたが、下のロビーへ行き、紅茶を飲みながらしばし語り合う。彼は、次はスペインのバルセロナへ行って闘牛を観て、それからパリへ行って「ボリス・ゴドノフ」を観てから帰国するという。彼によると闘牛はスペイン流の、牛に対する愛情表現なのだそうだ。昨日勧めたチェルクエッティのレコードとE.クライバーのレコードは今日買ったそうである。そう言えばカラスのレコードも推薦を頼まれたので「ノルマ」「メデア」「アンナ・ボレーナ」を勧めた。彼は「演劇的にはどうなんです?」と聞く。ふと思い出してデ・サーバタの指揮した「トスカ」を火の玉と形容して挙げておいた。「ただし、トスカのドラマなんてハッタリのこけ落としですよ」とつけ加えておいた。彼が帰っていったのは深夜1時頃だった。本当に毎日疲れるなあ。

5月11日(ミュンヘン)
朝食後回るべきところを大急ぎで調べる。まず見本市会場にある巨大なギリシャ女神像からミュンヘンの遠景を眺めたい。ミュンヘン中央駅近くからバスに乗り、ベートーベン広場を通って行く。誰もいない見本市敷地を横切り、陰気くさい穴蔵みたいな切符売り場にいるお婆さんから切符を買って、ただ一人、女神像内部のラセン階段を登る。カメラのズームを思い切り効かせてミュンヘン市街をフィルムに収める。しかし、あのお婆さん、あんな所に一日中居て、いつ来るかわからない見物人相手に毎日過ごすなんてイヤにならないかなあ、と思う。少しチップを置いてくるべきだったかな、と考えてしまう。

それからマリーエン広場に行き、人形仕掛けの時計を見る。その後レジデンツに行き、シャッツカンマー(宝物殿)に入ってみる。初めはそこに陳列してある宝石をちりばめた王冠や宝剣の眩さに感心していたが、際限無く続く宝物を見ていくうちに別の感情が起きてくる。これでもか、これでもかと言わんばかりの巨大な宝石をびっしり埋め込んだ冠、厨子、その他もろもろの宝飾品。なんと言ったら良いのやら。しかしこれは、ハプスブルク家の遺産のごく一部なのだ。

僕ははっきり言って西欧かぶれだ。生活様式も発想も。和風を意識的に避けた。しかし、このレジデンツを見ているうちに今までやってきた事が滑稽に貧相ではなかったか、と思うに至った。つまり叶わぬ夢を片思いで追っていただけではないか。日本趣味のアメリカ人が黒羽織を着てパーティに出てくるようなところがあったのではないか。色々な思いが一瞬にして頭の中をよぎる。身体に染みついたものしか本物たり得ないのではなかろうか。日頃意識しないとは言え、外国でエセ日本趣味の部屋を見せられたら、すぐに見破ることができるだろう。だから逆に日本においてエセ西欧流の風物を見たら西欧人はすぐに分かってしまうだろう。馬鹿馬鹿しいと思うだろう、お互いに。つまみ食いの物真似では何処かにボロが出る、ということ。但し、西欧の個人主義や契約という観念、競争原理といった精神に対して共感を持っている点は変わらない。

夕方ホテルに戻る途中、屋台の果物売りからリンゴを買おうと思ったので、つい気軽に"Geven Sie mir Eintz!" と言ったところダメダメと首を振る。なぜあんなに激しく拒否するのかと思ったが、「呉れ」といったのを字句通りに、タダで呉れと解釈されてしまったのに違いない。いや買うんだ、と言ったらやっと顔が和らいだ。ドイツ語の言い回しは慣れていないから難しい。ミュンヘンの裏通りには少し薄暗いというか、汚れた感じの所がある。

ホテルで着替えてからオペラハウスに出かける。今日は時間に余裕があるからロビーをゆっくり歩いて回った。まさに輝くばかりの広間だ。宮殿みたいだ。そこをはいて回る男女も何と美しいことよ。思いきりドレスアップしたように見える。かつてサンフランシスコで経験したのと同じだが、こちらの方が建物が立派なだけ、より印象的だ。女性はともかく足を見せてはいけないらしい。素材が何であれ、色や柄が何であれ、ロングスカートで足を隠すことが条件のようだ。平土間や2階の男性はタキシード姿が圧倒的。

あのカルロス・クライバーは噂通りの大人気。言われている通り、指揮台に着いて客席に一礼するや否やクルっと振り向いて即スタート。拍手が静まるのを待ってなぞいない。実況録音のレコードを作るのは大変だろうなと思う。「ばらの騎士」の舞台を見るのは2度目。ギネス・ジョーンズの元帥夫人、ブリギッテ・ファスベンダーのオクタヴィアンの2重唱で幕開けした場面は今までで最もエロチック。ファスベンダーは少年っぽさを出そうとして始終上体を左右に大きく振るのだが少し目障りだ。ジョーンズはそろそろ盛りを過ぎたのだろうか。声がすこし細くなり時々だが共鳴を欠く瞬間がある。「でも、ああいうのは僕の好みなんですよ!」とKt氏は言う。ジョーンズはルックスに恵まれている。すらりとして柔らかい顔だちと素直な長髪を持っているお陰で随分得をしている。それに元帥夫人の衣装は上品な青銀色のローブで、一段と美しい。良き日のウィーンを表わす色だ。

第1幕の元帥夫人のモノローグはやや突っ込みが足りない気がした。時計の刻む音に脅え、鏡の中の顔に不安をみせる大切なシーンだが、あのシュワルツコップの演技を一度知ってしまうと誰がやっても不満は残るのさ。幕間の休憩時間はロビーをゆっくり見てまわる。あちこちにこの劇場ゆかりの音楽家の銅像が置いてある。クナッパーツブッシュやワルターもある。美しい第2幕、愉楽の極みとも言うべき第3幕のワルツ。「ばらの騎士」というオペラ、楽しみとしての音楽の頂点に違いない。若いゾフィーとオクタヴィアンを残し、あとも振り向かずに精一杯の自尊心を保って退場する元帥夫人と、その背後に流れる音楽は本当に絶品。気も遠くなるような陶然とした思いで、椅子にもたれて幕が降りていくのを眺めた。

Kt氏と打ち合わせてあったので大階段で待っていたが、なかなか出てこない。かなりの時間がたってからボーっとした顔で現われた。ブラヴィーを叫び過ぎて声が出なくなったという。近くのバイエルン郷土料理の店で彼の話は演劇から映画へと続く。「ウッディ・アレン! あれ最高ですね。知ってますか「マンハッタン」という映画ね!」等々。僕もあの映画は見たよ。でも正直なところ、あの映画、ちょっとペダンティックじゃなかろうか?「うまくすれば21世紀は僕の時代になると思って勉強しているんですよ」と彼は言う。














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