オペラ「椿姫」の話(その2)
(136)モノローグ  「椿姫」について  2010.5.15

新しい「椿姫」を2組ほど入手しました。そのCD番号はレナータ・テバルディのメット実況による全曲でWalhallのWLCD0266、そしてジューン・アンダーソンのパリ・オペラ座リサイタル実況から「ああそはかの人か」で5-56949-2です。これに従い、CD一覧を変更して下記のような表とします。








  「椿姫」の比較 第2回
I.<序曲〜の比較>(追加分)

(10)1957年盤ヴィオレッタはレナータ・テバルディ、アルフレードがジュゼッペ・カンポーラ、ファウスト・クレーヴァ指揮のメトロポリタン歌劇場管弦楽団。ご存知、テバルディ最後の「椿姫」のシーズン。最初に気づくのはクレーヴァの指揮のリズム感の良さです。これは全体を支配しています。テバルディは声がかなり重く響くことがあります。彼女自身が新聞発表したように、ヴィオレッタとしては声が重くなり過ぎています。そしてこの中では、ヴィオレッタの笑い声が4回も響き渡る。カンポーラは声が震え、恐れおののいているかのようです。これはアルフレード役がそれほど初々しいと思えば良いのでしょうが、実際には違うでしょう。テバルディは若造を操る手練手管にたけた女性という感じ。「乾杯の歌」の開始2分18秒後にピューという音が約1秒間聴こえますが、あれは単にCDへの転写上のミスでしょうか。またこの合唱団は余り上手くありません。

(23)
1987年盤:ヴィオレッタはジューン・アンダーソン、アルフレードがアルフレード・クラウス、ミケランジェロ・ヴェルトリ指揮の国立パリ・オペラ座管弦楽団。サザーランドの衰えによって代替を求めたデッカとメットではアンダーソンを発掘しました。アンダーソンはどんな高音も出そうです。ただ、つかえそうな箇所は予めテンポを押さえています。時折り見られる遅過ぎるテンポに戸惑いますが、あらゆるパッセージをそれで一貫しているのは、逆の意味で感心しました。相手方のクラウスは若々しく、元気一杯でした。
千葉のF高

(137)モノローグ  「椿姫のCD」について  2010.5.18

2010年4月下旬に山野楽器の本店で新しい「椿姫」のCDを見つけたので買おうとしたら、あたらしい情報が入りました。さすがの山野楽器も、千葉にある支店2つのうち、一店舗が無くなると予告されました。また秋葉原の石丸電気の私が愛用してきたクラシック/ジャズ専門店も間もなく無くなります。本当に残念ですが、今後は山野楽器本店に集中して購入せざるを得ません。
千葉のF高








下記に再度、「源氏物語」本に関わることがありましたので、追記します。
(138) モノローグ  「源氏物語」の追加分  2010.4.15

また「源氏物語」の男性の書いた版と女性の書いた版の2つが同時に出ました。男性版は林望の「源氏物語-1」(祥伝社)であり、女性版は林真理子の「六条の御息所 源氏がたり-1.光りの章」(小学館、2010年4月第1刷)です。ここでは後者を取り上げます。昨年来の源氏ラッシュはまだまだ続いているようですね。

「六条の御息所 源氏がたり-1.光りの章」の構成は、原本に準拠していますが、あくまで林真理子の作品であり、それも六条の御息所が語ったという型式を踏んだもの。また文体はくだけて「書き込み」の多いものです。ふと舟橋聖一の源氏を思い出した次第。

これに対する感想ですが、林真理子の六条の御息所に対する思い入れが随分強いな、と思いました。円地文子の「源氏」より、さらに踏み込んでいます。私が青表紙本を読んで比較したところ、原作にない表現や感情がありました(もし読み落としがあった場合はごめんなさい)。それを以下に記します。この後でどう展開するのか、あくまで六条の御息所の死後をどう扱うのか、等、色々と興味を引きますが、ここでは「光りの章」に書かれた「桐壺」から「藤壷」までの部分だけ取り上げることにします。
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「桐壺」:六条の御息所の連れ合いだった前東宮は、桐壺帝の同腹の弟だと明記してあります。それは「藤壷」の章にも念を入れています。この点は私自身が分からなくて、長年困っている箇所です。
「空蝉」:六条の御息所は若い頃、周辺から将来は国母になる、と言いくるめられて育ったと記しています。もし東宮が長生きしていたら、中宮になったと言うこと。また、葵が源氏にお輿入れするまえに宮中に出仕してはどうか、と言われたと言うエピソードが他の源氏本にはあっさりと記してありますが、驚くべきことに、葵自身も中宮への道を当然と思っており、だから、え?源氏?ということになり、それが源氏とギクシャクした原因だと記してあることです。女は皆中宮になりたがる?
「夕顔」:古い屋敷での件ですが、六条の御息所は自分ではなく、自分の一族の大概の者の霊が強く、それらが出て夕顔を取り殺したのに、それを自分のせいにされたのだ、と記してあります。ただ彼女のような高貴な生まれの一族が、夕顔のような出生不明な者に嫉妬するものか、という疑念が残ります。それとも夕顔の先祖は、六条の御息所と争えるほど高貴だったのでしょうか?
「若紫」:六条の御息所が自分と藤壷を比較しています。結論は明らかで、藤壷に負けているのは若さだけ、ということです。言い換えれば残りの点では全て自分の勝ちだと言っているように見えました。
「末摘花」:大輔の命婦が女主人の命で、正月用の装いを源氏に届けた際、初めて末摘花を貶める言葉を本気で吐く箇所があります。これは意外なことでした。
「源典侍」:藤壷の出産が余りに遅くなったのを、周辺が騒ぎ、弘徽殿女御は生まれるべき赤ん坊は、もう死んでいるのだろうと言ったという箇所。これもギクリとしました。
「葵の上」:葵の上と源氏が交わした会話は、実際には葵は既に死んでおり、幻影として六条の御息所が源氏と交わした会話だと、記してあります。
「藤壷」:源氏はそっと藤壷にせまったとばかり思っていましたが、わざと衣擦れの音をさせたと記してあります。
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もうひとつ。文章を読む時、「 。。。。。」という沈黙のマークが気になって仕方がない。これは女性作家に特に多いのではないでしょうか。「 。。。。。」の多用はいささか少女趣味を引きずっているためではないか、と思う次第。339ページの中に、51カ所見つかりました。詳細は「桐壺」4、「空蝉」9、「夕顔」7、「末摘花」9、「源内侍」4、「葵」11、「藤壷」7カ所となっています。同様に「17歳の少年」という記載が18回も繰り返されます。特に「空蝉」と「夕顔」の巻に集中していますが、もっとあとの「藤壷」の巻でも復活して来ます。たしかに源氏は美しいのでしょうが、余り強調されても。
千葉のF高







(139)モノローグ  二人のリヒャルト  2010.4.25

TV放映されたN響アワーで、「ふたりのリヒャルト」というタイトルが眼についたので、観てみました。セミョーン・ビシュコフと、尾高忠明指揮で、前者はワーグナー「トリスタンとイゾルデ」より序曲と「愛の死」、後者はシュトラウス「ばらの騎士」組曲。正直言って、前者はちっとも面白くありませんでした。「トリスタンとイゾルデ」のめくるめく官能の響きがまったく感じられず。テンポが良くなく、表情もさっぱり。それに対し、後者は面白いと思いました。特に最後のワルツで聴かせたホンの僅かずらせたワルツには、聴き耳を立てた次第。
千葉のF高








(140)モノローグ  ベートーベン  2010.5.16

今日TV放映されたN響アワーはベートーベン特集で、ウイーンのピアニスト、ルドルフ・ブフビンダーとヘルベルト・ブロムシュテットの指揮による「皇帝」全曲と、「英雄」の第4楽章のみ。「皇帝」の方が面白かったのですが、まずピアニストのテンポ設定が気に入りました。堂々たるもので、ケレン味もなく、これぞ正統派、という感じ。チェコ人ですがチェルニー直系の弟子にあたるそうです。やはりこういう演奏の方が良いな。「英雄」の方もワクワクさせましたが、それはこの演奏がどうだと言うより、曲自体の持つ吸引力だと思います。やはりベートーベンは偉大なるかな。最も興味のあった開始後3分後にあらわれる箇所、これはもっと強調して欲しかったが、個人的な好みかも知れません。「皇帝」の方でピアノの銘柄がどこだろうと注意しましたが、天才的な「隠す」カメラワークで、よく分からないまま。やっと終曲近くでスタンウエイだと分かりました。響きがすこしくすんで聴こえたし、ウイーン育ちだから、その銘柄に興味があったのです。別にメーカーが分かっても問題ないでしょうに。
千葉のF高








  ジャカルタの雨
1988年9-10月 IAXA派遣でインドネシアへ行く(その2)



1988年9月26日(月)

朝Knoから電話あり。今朝はKnoのかわりにBXXNの運転手がジープで迎えに来る、という知らせだった。実際に運転手が現れたのは9時20分ごろ。Knoは運転手はもっと早くホテルに着けたはずなのに、といぶかしがる。なに、運転手も早朝から働きたくないのだろう。BXXNではたまたま廊下でつかまえた若い連中と話しこみ、午前中一杯会話に費やす。Knoは会議があったのでかえって好都合。彼らには日本から持って行った折紙を配る。Mut氏みたいにまずは折紙外交から開始か。女性が結構多いがここの女性達は人によって千差万別で、ある者は常に黒いベールを頭から被り、イランのホメイニ氏の主張するイスラム原理主義者だと言うが、他の者は長い髪にチリチリのパーマをかけて膨らませ、最新流行の装いをしている。一般にここの女性は人なつっこい。男性はほとんど近代的だ。卒業実験で来ている学生も多く、中には自分に与えられた宿題を聞きに来る強心臓の者もいたが、Knoは答える必要のないことは放っておけと言う。

彼らが一生懸命に英語で話そうとする一つの理由は、何とかして外国に行きたいためらしい。米国の大学に留学するために開発された国際TOEFL(TOEICでは無い)で500点を目指しているそうだ。正直なところ、ほとんどの者は日本と同じく中学生程度の英語力だと思う。ともかく若い人たちがオープンにしてくれるのは嬉しい。日本人だったら、もう少し引っ込み思案になるところだ。

車はインドネシアの方が高価で、本田シビックが240万円相当もするという。輸入関税のためらしい。またインドネシア人の多くは、日本の最大の自動車メーカーは三菱だと信じているらしい。実際、三菱車があふれているが、ほとんど中古だと言う。日本ではとうの昔に姿を消したミゼットとか、貨物車の類も多く使われている。ここで「バス」と称するものも多くはマイクロ・バスだし、一部はここでピックアップと呼ぶ貨物車の改造車だ。バスが停まる度によれよれのシャツを着た若い車掌が降りて来て「何々行き!」と大声の早口で怒鳴るのも印象的だ。

ビジネス・ランチはKnoとMna夫人と3人で食す。フランス人の話が出る。Knoは、フランス人はアメリカに脅威を感じているがその逆はないと言う。また、欧州は日本にも脅威を感じているに違いないという。そこで、いや実は日本にはフランス・コンプレックスがあるんだと説明した。フランス製品を持ったりフランス語ができることが大変プレスティージャスなんだ、と言ったところ、なるほど、日本のJAN機構のMin氏がフランス語ができると言ったのはその意味だったのか、と笑い出した。でもフランスに短期留学した経験のあるKnoから見れば、Min氏のフランス語は初等的なものだったと言う。

午後はCOSNの講義を16時近くまでやる。スライドを使って一生懸命にやったので、とうとう声を嗄らしてしまう。時々、様子を見ては紅茶の瓶にストローを2本つけて持ってくる。医者が一人傍聴に来ていたが、COSNはBXXNでは未知の分野なので、野次馬的な興味を持っていると言う。まあうまくいったと思う。一日の予定分の半分しかできず、残りは明日、ということになった。BXXNだけでなく、インドネシアの公務員は普通月曜から土曜まで働いて土曜は半ドンだから日本と同じだ。ただしBXXNは国立施設だから朝8時始業にする代わりに土曜を恒常的に休みにしているそうだ。夕方は16時終業だが、実際には職員達は15時半になると帰り支度し、出口の門で足踏みして4時になるのを待つ。タイム・カード制なので一応16時まで待つものの、実質的に15時半終業と言える。ジャカルタ市南部(ジャカルタ・セラタン)の町はずれにあって交通の便が悪いので、市中と結ぶ専用バスがあるのだが、運転手は16時前からエンジンを掛け、職員もバスに乗ってひたすら16時になるのを待つのだ。

一日中英語を喋り続けたのですっかりくたびれた。Knoの車でサヒド・ジャヤ・ホテルまで送ってもらう。部屋に戻った時はもうぐったりした気分で、出費を厭わずそのままホテルのバーに直行した。ピアノの生演奏を聴きながらマルガリータを飲むのもいいものだ。およそ日本の職場では殆ど喋らなくても済むのだ。そのつもりなら、お早う、さようなら、だけ言えばあとは一人で自分の仕事だけに浸る世界なので、外国に来て一日中人と会って喋っていると、本当に精神的にくたびれる。外交官みたいに一国を代表している気持になってしまい、常に外交辞令と職業的微笑を絶やすわけにいかないからだ。一時間もバーのソファに体を沈めたあと、やっと部屋に戻る。



1988年9月27日(火)

今日はインドネシアの特別な記念日とかで、公務員は国家から支給される青地のバティックを着ている。午前中スライドの整理をしている間、Knoは2人の女性スタッフの相談を受けていた。彼の仕事には科学だけではなく、人生相談まで含まれているようだ。そのあと昼食時まで若い人たちの所でEns手法を教える。マニュアルを1ダースも持って来ていたので、ゆっくりゆっくり英語に翻訳して話す。彼らは周りを取り囲むようにして聴いていたが、いちいち声を出して相槌をうつ。コーヒーを飲むか、と聞かれたのでイエスと言うと、予め作ってあったのを出してくれた。ついでに新聞紙の包みを開いて揚げ物を差し出す。これは食べねばなるまいと覚悟して何度も手を出す。天プラのふやけたような味がするが、極めて日本風な味わいだ。彼らはこれを見て喜ぶ。午後もずっとEns手法とBta測定法の話をする。

4時にKnoの車でホテルに戻る途中、ふとKno氏が言い出す。「彼らはあなたが好きなようですよ。」
「それは有難い。」
「珍しいことなんですよ。今迄ヨーロッパの専門家が来た時はああではなかった。皆ムズムズしていてね。」
「どんな国から来たんです?」
「オーストラリアとかスウェーデン、ドイツ、フランス」
やはりアジアの国にはアジア人が一番合うのだろうか。日本人は浪速節と近代合理主義の両方を使い分けることができるが、欧米人は片方しかできない。今宵はマンハッタンを2杯飲む。これも普通より甘いようだ。

(続く)














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