ヴェルディの歌劇の比較
私の好きなヴェルディのオペラを比較してみます。以前に記した曲もありますが、時間的経過により少し印象が異なり、あるいは再生装置が異なるので、ここに新たに短めに短縮して書き直します。ヴェルディは処女作「オベルト」から最終作「ファルスタッフ」までに26曲のオペラを作曲をしましたが、さらにそれに改訂版が付きます。実際に私の手元にはそのうち、半分の13曲だけしかありません。その代わり1曲を5つも6つもダブって持っています。そういう凝った聴き方も良いでしょう。比較は順不同です。



リゴレット/ファルスタッフ
リゴレット(ジュゼッペ・ヴェルディ)   2012.11.18
16世紀のイタリアのマントヴァ。色々な解説書によると、実際にはフランスのフランソワ1世をなぞったと言います。これは1851年に出来たオペラですが、この年をもってヴェルディは円熟期を迎えました。

宮廷では貴族達が集まっていますが、当主のマントヴァ公爵は、チェプラーノ伯爵夫人と一緒に恋の戯れを楽しんでいます(相手方の侯爵夫人が楽しんだかどうかは怪しい)。道化のリゴレットはそれに油を注ぐ様にもの申し、モンテローネ伯爵が公爵に文句をいいに来ますが、リゴレットはそれにもふざけた物いいをします。侮辱されたモンテローネ伯爵は、リゴレットに呪いの言葉をあびせます。そのリゴレットは久しぶりに自宅に帰り、娘ジルダに用心するように言いくるめます。しかしジルダは既にグアルティエル・マルデと名乗る学生と恋に落ちています(このあたりでジルダはアリア「慕わしき人の御名」を歌います)。学生はマントヴァ公爵の仮の姿でした。そこで公爵の歌うのがアリア「女心の歌」。公爵が帰ったあと、他の臣下達はジルダをマントヴァ公爵に捧げればお褒めに預かるだろうと考え、娘を襲って運び去ります。

リゴレットはだれがジルダをさらったか、とあれこれ考え、例の呪いを思い出します。リゴレットは宮廷にもどり、表面では変らないように振る舞っていましたが、宮廷内のベッドにジルダを見付けます。ジルダが公爵に辱めを受けたと言ってすがります。リゴレットは廷臣達にアリア「悪魔め鬼め」を歌います。第3幕。ミンチョ川のほとりにある「し受け人」スパラフチーレの家をリゴレットはジルダに覗き見させます。そこでは公爵はスパラフチーレの妹のマッダレーナと浮気の最中。ジルダは自分が欺かれたことを悟ります。殺すしかない、と思ったリゴレットは金をスパラフチーレに渡し、公爵の殺害を頼みます。ところがジルダはこれを聴くと、公爵に同情を持ちます。そしてジルダは公爵が立つ筈だった位置に立ち、自らの胸をスパラフチーレに刺させてしまいます。そうして公爵を入れるはずだった布袋に身代わりとして入れられます。そこにリゴレットが現れ袋を確かめようとすると遠方から公爵の歌うあの「女心の歌」が聴こえて来ます。リゴレットは仰天して閉幕。

これはヴェルディのこの時期で最も成功したオペラであり、マントヴァ公爵の「女心の歌」などは作曲初演の終了時にはラ・フェニーチェ座を含む街中で歌が流れていたと言います。そして最後近くの4重唱は声を声楽でありながら器楽器のごとく用いたもので、その作曲法は目新しい。特に終幕近くなる時にこれでもか、これでもかと見せる手法は感心するものです。



(237) ヴェルディ「リゴレット」の比較試聴
何と言ってもリゴレットの演技力と喉ですが、加えて売り役の公爵の壮大に開放された喉です。そしてジルダは普通なら主役になりますが、ここではむしろ脇役です。その限界を承知していれば素晴らしいものが生まれます。この第3幕の暗殺の場面はヴェルディの傑作だと考えます。実際にここで聴いてみた結果を下記に示します。
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リゴレット マントヴァ公爵に仕える道化 ロバート・メリル(T)
ジルダ リゴレットの娘 アンナ・モッフォ(Sp)
マントヴァ公爵 そこを治める領主 アルフレード・クラウス(T)
マッダレーナ スパラフチーレの妹 ロザリンド・エリアス(Ms)
スパラフチーレ 酒家の亭主で殺人者 フェルッチョ・フルラネット(Bs)
モンテローネ 伯爵 イングヴァール・ヴィクセル(Br)
指揮:ゲオルク・ショルティ指揮、RCAイタリア管、1963年、RCA BCVV-85053


これは世評高いリゴレットで、歌手達も粒が揃っています。はじめメリルが歌に捕われていてキャラクターが薄いと感じましたが、しかし終幕ではしっかりリゴレットを演じています。またスパラフチーレは素晴らしいバスです。モッフォのジルダは彼方此方にモッフォらしい歌い回しを聴かせ、それなりにジルダらしさを思わせます。クラウスの公爵は全体としては楽観的だが、少し気が回り過ぎるような点があります。全体としてここのキャスティングは素晴らしいもので成功しています。さらにショルティの指揮がやり過ぎと思えるほどキビキビしていて、弛んだところがありません。それは出始めから感じました。ハンガリーの血が騒ぐ感じ。惜しむらくは私の持っているCDは抜粋盤に編集されていて、第1幕、第2幕では相当のカットがあります。でも第3幕をこれだけの完成度の高さで聴かせるところは立派という他ありません。全曲をはやく復活して欲しいところ。
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リゴレット マントヴァ公爵に仕える道化 ジュゼッペ・ディ=ステーファノ(T)
ジルダ リゴレットの娘 マリア・カラス(Sp)
マントヴァ公爵 そこを治める領主 ティト・ゴッビ(B)
マッダレーナ スパラフチーレの妹 アリアーナ・ラッツアリーニ(Sp)
スパラフチーレ 酒家の亭主で殺人者 ニコラ・ザッカリア(Bs)
モンテローネ 伯爵 プリニオ・クラバッシ(Bd)
指揮:トウリオ・セラフィン指揮、スカラ座管、1956年、EMI 376-61


このキャストは凄いもので、そのままプッチーニ「トスカ」を録音できそうです。ここでは存在感がやや薄いとも思えるカラスですが、他のキャストと合唱になる場合、シッッカリと自己主張しています。ここでのキャスティングも万全と言うべき物で、落ちがありません。ゴッビのリゴレットは、リゴレットそのものの響きをもっています。セラフィンの貢献も勿論です。特筆すべきはディ=ステーファノのマントヴァ公爵で、歌い回し、喉の使い方、等々何処をとっても万全です。
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リゴレット マントヴァ公爵に仕える道化 インクヴァール・ヴィクセル(Br)
ジルダ リゴレットの娘 エディタ・グルべローヴァ(Sp)
マントヴァ公爵 そこを治める領主 ルチアーノ・パヴァロッティ(T)
マッダレーナ スパラフチーレの妹 ヴィクトリア・ヴェルガーラ(Ms)
スパラフチーレ 酒家の亭主で殺人者 フェルッチョ・フルラネット(Bs)
モンテローネ 伯爵 インクヴァール・ヴィクセル(Bs)
指揮:リッカールド・シャイー指揮、ウイーン・フィル、 ポンエル演出、1982年、レーザーディスク。


これは初めから演技の収録を計ったものですが、聴いて見るとややアテが外れたような気がします。しかし真正面を向かって歌うパヴァロッティのマントヴァ公爵は、なるほどこれだけでも価値あるな、と頷けそう。ディ=ステーファノと比較すると、ディ=ステーファノの方が頭を使って旋律をカバーしているのが分かります。フレーズの最初が少し遅れ気味になるところ、これ「わざ」とですね。これが他の映画でない演出と比して特別な効果があるかと言うと、あまり明瞭ではないのではないでしょうか。
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もう一つあるのがアルトウーロ・トスカニーニ指揮の「リゴレット第4幕(通常は3幕と数えます)」ですが、残念ながらこれは第4幕しか録音されていません。またソプラノが、通常ジルダにはレジェロ・ソプラノを当てるのですが、トスカニーニはここでもっと重いドラマティック・ソプラノのジンカ・ミラノフを採用しています。面白いし、ミラノフは自らが主役では無い点を理解していると思います。

リゴレット マントヴァ公爵に仕える道化 レナード・ウオーレン(Br)
ジルダ リゴレットの娘 ジンカ・ミラノフ(Sp)
マントヴァ公爵 そこを治める領主 ジャン・ピアース(T)
マッダレーナ スパラフチーレの妹 ナン・メリマン(Ms)
スパラフチーノ 酒家の亭主で殺人者 ニコラ・モスコーナ
指揮:アルトウーロ・トスカニーニ指揮、NBC交響楽団、1944年、RCA BVCC-7723


公爵を歌うピアースを、トスカニーニは好きだった様ですが、一般にはあまり好まれない種類のテノールでした。一般にトスカニーニの指揮したオペラでは、テノールは鬼門でした。これは人がいなかったのか、それとも音楽を聴くのならテノールやソプラノは目立ち過ぎるな、と釘をさしているのか、分かりません。トスカニーニが輝くのは、やはりオーケストラを引っ張って行く所で、そこで輝きます。
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最後に聴いたのがフェルッチョ・タリアビーニの独唱集にあった公爵の独唱で、気持ちが悪いようなピアニッシモを聴かせます。確かにこのような歌唱は惹き付けるものがあると感じました。ただ、声を張り上げた箇所、特にこれから張り上げるぞ、と言う箇所では喉が整わず、やはりこの人はリリコ・レジェーロだな、と思いました。決して録音会社が熱心にタリアビーニを追いかけなかった理由が分かる気がします。
アンタル・ドラティ指揮、RCA管、フェルッチョ・タリアビーニ(T)、BVCC-37335
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いずれにせよ、ヴェルディを聴いていると、彼の天性の才能がずば抜けていたことを思い知らされます。たとえ曲中の一部に退屈を感じる場面に出くわすとしても、やはり「リゴレット」にみられるような声楽を管弦楽のごとく扱うとか、その声楽部の巧みな(真に巧みな)移動ぶりにはひたすら驚嘆するしかありません。

千葉のF高


ファルスタッフ(ヴェルディ)   2012.11.18
ジュゼッペ・ヴェルディ最後のオペラで、初演は1893年スカラ初演。これはウイリアム・シェークスピアの戯曲「ヘンリー4世第1部」、同第2部、および「ウインザーの陽気な女房たち」を基に、アリゴ・ボーイトが書いた戯曲にヴェルディが音楽を付けたもの。ボーイトは先に歌劇「オテロ」でもヴェルディと協力して、成功しています。初演の時、ヴェルディは79歳になっていました。『オテロ』の方は1889年初演。そしてこの段階になるとヴェルディは作曲そのものを楽しむようになり、焦っていません。悠然とかまえた音楽であり、それを理解する人々にとってこの曲は佳作です。とくにアンサンブル・オペラとしてはこれに匹敵するのは古くはモーツアルト位でしょうか。別項で書きましたように、私にとって音楽作曲に関しては、ワーグナーが大好きで、中でも「トリスタンとイゾルデ」に賛辞をおしまないのですが、ヴェルディもまた「トリスタンとイゾルデ」に対し素晴らしい曲だと褒めております。


(238)ヴェルディ「ファルスタッフ」の比較
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キャストは下記の通り;
時代1400年代、英国ヘンリー4世の時下、ウインザーの村
ファルスタッフ 騎士 ゲライント・エヴァンス(Br)
フォード 金満家 ロバート・メリル(Br)
フェントン 青年 アルフレード・クラウス(T)
アリーチェ フォードの妻 イルヴァ・リガブエ(Sp)
ナンネッタ フォードの娘 ミレッラ・フレーニ(Sp)
クイックリー夫人 婦人 ジュリエッタ・シミオナート(Ms)
メグ アリーチェの友達 ロザリンド・エリアス(Ms)
指揮;ゲオルグ・ショルティ、RCAイタリア・オペラ管、1964年、ロンドン POCL-4192/3


これを聴き終えて得た感じはハチャメチャな幕切れだったという点です。アンサンブル・オペラであるため、ワアっとソロが盛り上がって幕、と行かないのですが、アンサンブルの楽しみを肯定すればこの「ファルスタッフ」は傑作です。私は中学生時代に図書館から坪内逍遥訳のシェークスピア全集を借りて読んでいましたが、このファルスタッフのもとの話はややとまどいを感じていました。つまりヘンリー6世やリチャード3世という血沸き肉踊るものとは少し違っていたためです。その結果、レコードやCDに関しても、「ファルスタッフ」を買ったのは今から10年前位で、他の曲、「オテロ」(大学時代に最初に買った全曲盤)に比すと随分遅かったのです。その代わり、シェークスピア劇そのものに対する興味は衰えず、例えば「リチャード3世」は今までに2回観ました。最新のものは10月中旬でした(新国立劇場で上演されたものです)。様々な人が前回「ヘンリー6世」と共通でしたが、やはりマーガレット役の中島朋子が良かったと思います(妻も同意見でした)。
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ファルスタッフ 騎士 ジュゼッペ・タディ(Br)
フォード 金満家 ロランド・パネライ(Br)
フェントン 青年 フランシスコ・アライザ(T)
アリーチェ フォードの妻 レイナ・カバイバンスカ(Sp)
ナンネッタ フォードの娘 ジャネット・ペリー(Sp)
クイックリー夫人 婦人 クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)
メグ アリーチェの友達 トウルディリーゼ・シュミット(Ms)
指揮;ヘルベルト・フォン・カラヤン、ウイーン・フィル、1982年、ザルツブルク音楽祭実況、SIBC/JASPAC


これはカラヤン全盛期の、手兵によるザルツブルク音楽祭の実況です。出初めからノイズが少なく、音質では他を圧すると感じました。その代わり、キャスティングがやや甘く、夫々有名な人ですが、厳格に言えばルートヴィッヒは少し声に衰えが感じられ、またカバイバンスカも声に衰えがあります。他方でアライザやペリーは全盛期に向かう時で良く声が出ています。私はペリーの歌を実際に聴きましたが(R・シュトラウス「薔薇の騎士」)、それほど圧倒的と言えるほどのものではありませんが、でも安心して聴ける人です。男性陣は終幕に向けて元気一杯になるのですが、ここでファルスタッフに対して投げかける汚い言葉は、これでもかこれでもか、と言う程で、疲れました。しかしその終幕の背景は美しいものでした。

やはり私としてはまだファルスタッフを楽しみ切れていないということを自覚しました。そうなるには、少し血が騒ぎ過ぎるようです。
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千葉のF高

(239)新しい源氏の視点
内館牧子の「十二単衣を着た悪魔」を読みました。女性の目で見たとか、通常は悪役の弘徽殿の女御の側からみた解説等で注目を集めました。話は通常の源氏物語の極々一部分を拡大したものですが、主人公(物語の主人公。光源氏ではない)は弘徽殿の女御と直接会話を交わすのです。今までに60編を越える源氏を読んだ上で言うのですが、なるほどこういう切り口もあったか、と感じた次第。惜しむらくは「須磨帰り」を越えたあとまで明らかにして欲しかった。ここで一つ述べたいのは、作者はS女史と通じるところがあるな、という事です。あとがきで、作者はメリル・ストリープを好感的に取り上げていますが、S女史は著作の中で「メリル・ストリープは嫌い」とあからさまに否定しています。実は似た者同士と納得しました。その積りでこの本の全体を改めてみますと、この作者とS女史とは共通の土壌をもっている、と感じました。現代語から引用する等、S女史が決してやらなかったことを内館牧子は所々に書き進めています。私はS女史の文才を認めていますが、内館女史の方も同等の文才があるな、と思うところ。興味のある方にお勧め。

千葉のF高











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