ヴェルディの歌劇の比較
「仮面舞踏会」 (ジュゼッペ・ヴェルディ)
ヴェルディのオペラの比較第4回目は「仮面舞踏会」を取り上げます。ヴェルディは今日では考えられない種類の困難にぶつかりました。つまり「検閲」です。このような外国を舞台とした作品でも、なお検閲の眼は厳しかったのです。それはウイーンによる検閲です。当時のイタリア北部ではそれに合格しなければ上演不能でした。この「仮面舞踏会」では最初スウエーデンを舞台にしましたが、検閲を避けるためボストンに舞台を移しました。ここで取り上げるのもスウエーデン版とボストン版があります。今日の趨勢としてはやはり作者のお墨付きのあるボストン版が多いようです。



(241) ヴェルディ「仮面舞踏会」の比較試聴
この音楽の特徴は、ヴェルディらしさがジワリジワリと現れていることです。即ち第3幕以降、何処かで聴いた音楽、何か分かったような音楽、あのフレーズやあの楽節の始めの現れ方、等々、ヴェルディが作曲した断片が惜しげも無く、諸所にばらまいてあるのです。これらを上手くまとめると、さらに緊張感を出す事が可能かもしれません。

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ヴェルディ「仮面舞踏会」全曲
グスタフ3世 スウエーデン国王(ボストン総督) ルチアーノ・パヴァロッティ
レナート グスタフ3世の腹心 レオ・ヌッチ
アメリア レナートの妻 アプリーレ・ミッロ
ウルリカ 占いをする黒人の女 フローレンス・クイバー
オスカル 小姓 コロラトウーラを担当 ハロリン・ブラックウエル
ゲオルク・ショルティ指揮、RCAイタリア管、1963年、RCA BCVV-85053(VHS)

これは聴いていると色々な部分の印象が変ります。最も変ったのはアメリアです。最初現れた時はズウ体の変ったひとだな、でしたが時の進行につれ、余り見てくれが良く無いなあ、等々といった悪口が増えてしまいました。ミッロは一時期メットの重たいソプラノを総なめにしていましたし、それならさぞやと期待するのが順当でしょう。ところがこれを聴きますと、ミッロの他のレパートリーを聴く気が失せてしまいました。

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ヴェルディ「仮面舞踏会」全曲
リカルド ボストン総督(スウエーデン国王) サルヴァトーレ・リチートラ
レナート 伯爵の腹心 ブルーノ・カプローニ
アメリア リカルドの妻 マリア・クレギーナ
ウルリカ 占いをする黒人の女 マリアーナ・ペンチュヴァ
オスカル 小姓 オフェリア・サラ
リカルド・ムーティ指揮、ミラノ・スカラ座管、2001年8月、実況

これはキャスティングが難しいという点を顕にしました。アメリアですが、声の上の方が弱いため、かろうじて雰囲気だけ聴かせていました。問題はオスカルで、このオスカルは正直いってあまり好みません。これはお面相の問題がありますが、なにかわざとらしさが目立つからです。

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ヴェルディ「仮面舞踏会」全曲
リカルド ボストン総督(スウエーデン国王) ジャン・ピアース
レナート 伯爵の腹心 ロバート・メリル
アメリア リカルドの妻 ジンカ・ミラノフ
ウルリカ 占いをする黒人の女 マリアン・アンダーソン
オスカル 小姓 ロバータ・ピータース
ディミトリ・ミトロプーロス指揮、メトロポリタン歌劇場管、1955年10月12日、実況、WLHALL WLCD O141

これは歌劇としての価値とは別の意味でも重要です。なぜならマリアン・アンダーソンが出演しているからです。すでに年齢を重ねていたアンダーソンは最初で最後ということが自分でも分かっていたのでしょう。なによりも重要なポイントは、彼女は黒人だったのです。史上初の黒人のメトロポリタン歌劇場への出演という、今日では考えられないような事態に、米国の風潮はスサマジイものがありました。当時の公共輸送手段は黒人用と白人用に分かれ、飲料水のタップも黒人用と白人用に分けられていました。それが理不尽なことは頭ではわかっていても、体がイヤというこのサマ。黒人がメットの舞台にのることに対する独得の感情は一部の米国人達には理解し難いコトだった様です。実際アンダーソンが登場した時、一部の米国人はサッと立ち上がり退場したのです。恐ろしい事です。アイーダとかオテロという役柄では黒人が不可欠ですが、それはあくまで白人がドーランを塗って黒くしなければならないというのが当時の風潮でした。1955年というと私の頭に思い出されるのは、当時盛んに新聞を賑わした、リトルロック高校事件と、バス通学による人種の混合ということでした。こういうことは南アフリカのスミス首相の激しいアぺルトへイトにもありました。日本人は名誉白人として処遇する、というオフレ。大学の先輩が南極に行きましたが、長期滞在を終え帰り道に文明社会の味付けとして理髪店にいったら、日本人はナンテ固い髪をしているんだ、と言われたという話。昼と夜で扱いが異なる等。どうしようもない話です。我々が米国に初めて渡航した1978年には収まっていましたが、その20年前にはギクシャクしたものがあったようです。

どうしてもアンダーソンに注意が行ってしまいますが、実際には彼女の声は終着駅に近いことが聴いて直ぐに分かりました。それに音程を保って声を出せないという欠点もあります。しかししばらくするとアンダーソンの声は不思議な魅力に満ちたものに聴こえました。低い音が出せるというだけでなく、高い音でも出せそうです。底辺部分がしっかり出ますから、中音域以上でも安心できるのです。他の歌手達、例えばレジーナ・レズニックを聴きますとまずまずなのですが、アンダーソン程の確固たる低音が出ていません。次にジンカ・ミラノフについては、太い声だし、ソプラノ・ドラマティコとしての音域もまずまずなのですが、それらが混じってしまう場面では声は混乱して聴こえます。そしてもう少し表情付けがあれば、と思うのです。ジャン・ピアースの声は頂けないものでした。ロバート・メリルも声が出ているに留まります。ロバータ・ピータースの小姓役はどこも面倒な点を持っていませんでした。

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ヴェルディ「仮面舞踏会」全曲
リカルド ボストン総督(スウエーデン国王) ジュゼッペ・ディ・ステーファノ
レナート 伯爵の腹心 ティト・ゴッビ
アメリア リカルドの妻 マリア・カラス
ウルリカ 占いをする黒人の女 フェードラ・バルビエリ
オスカル 小姓 エウジニア・ラッティ
アントニオ・ヴォットー指揮、ミラノ・スカラ座管、1956年9月、東芝EMI CC30-3762-63

マリア・カラスの歌で勝負できます。素晴らしいディクションと集中力です。改めて周辺の歌手たちを眺めますと、ジュゼッペ・ディ・ステーファノ、ティト・ゴッビ、フェードラ・バルビエーリと百花繚乱です。カラスだけを吟味しても問題なくこの曲の出来映えを評価できそうです。不思議な話だと思うのですが、カラスが実際にこの曲を歌ったのは1956年の5回のみです。ひょっとしてカラスはこの曲が嫌いなのでしょうか?曲の前半ではソプラノは聴かせどころがなく、後半に集中しているから?この「仮面舞踏会」という曲はカラスが得意とするコロラトーラを聴かせる箇所はありません。それどころかコロラトーラには、チャンと専門の歌手を用意しています。バルビエリの声も、メゾとしては十全です。ただ、ゴッビの声がややおどろおどろしいほどで、まるで腹の中に一物があるように聴こえます。しかしカラスの歌は実際どこをとっても上手い。

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ヴェルディ「仮面舞踏会」全曲
リカルド ボストン総督(スウエーデン国王) ルチアーノ・パヴァロッティ
レナート 伯爵の腹心スウエーデン国王の腹心 シェリル・ミルンズ
アメリア リカルドの妻 レナータ・テバルディ
ウルリカ 占いをする黒人の女 レジーナ・レズニック
オスカル 小姓 ヘレン・ドナート
ブルーノ・バルトレッティ式、サンタ・チェチーリア管、1970年6月、デッカUCCD-3355/6

これを聴くにあたっては、少々身構える必要がありました。ひとえにレナータ・テバルディ最後の全曲録音がどんなものか不安があったからです。実際に聴いて見ると当初は驚く程の摂生ぶりでしたが、最初のアリアの前では声が出ず、苦しそうです。其れにも関わらず聴き進んでいったのですが、アリアの部分は歌い慣れしていたせいか問題はぐっと少なく、それが繋ぎの部分では、やはり苦しそうです。アリアの周辺では少し遅れて発声したり、それは巧みな歌い方をしていました。他の歌手達は全般に上手く、それでこのレコードとしての価値を高めています。ルチアーノ・パヴァロッティの歌う堂々たる伯爵ぶり、それに対抗するのは盛りを過ぎたレジーナ・レズニックの歌うウルリカ、何とか声は出していましたが、単に声を出すだけでは済まないのがオペラです。でもこれもマリアン・アンダーソンを思い浮かべなければ、立派なもの。意外だったのはシェリル・ミルンズの歌うレナートが、あまり上手く無い、というか力が小さくなっていました。実際第3幕でテバルディにエコーを掛けていたのは分かりますが、ミルンズの声にも思い切りエコーが掛かっていたのは驚きでした。オスカルは平板。

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アリア集に聴く「仮面舞踏会」

「地獄の王よ」ジュリエッタ・シミオナート、英デッカ、440-406-2 1960年録音
これはウルリカの歌で比較しましょう。シミオナートの声が小さい。これを一緒に聴いていた妻は、あまりに上品すぎると批評していましたが、実際彼女の声は既に限界に近づいていました。オーケストラはキビキビしていますが、これはショルティ指揮のCDです。ビルギット・ニルソンがアメリアを歌ったレコードと同じものですが、これはニルソンのファンでなければ慌てて買う必要はないでしょう。

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「あの草を摘み取って」レイラ・ジェンチェル、ALLEGRO、OPD+2038、1961年録音
一寸聴きにはこれは恐るべき録音でした。絶大な喝采を浴びていました。全曲のつながりは、と思って期待するとどうかまだ分かりません。ただどうでも良い録音を聴かされるよりこの方がマトモです。彼女の本領がレガートにあるのか、それともこのように激しさにあるかは、別の曲でも聴いてみなければ分かりません。

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「あの草を摘み取って」アントニエッタ・ステルラ ブルーノ・バルトレッティ指揮、ミラノ・スカラ座管、ポリドールPOCG3027、1961年録音
ステルラはハッとするような歌い出しを聴かせます。声の特徴は相変わらずで、アイーダの時と共通です。つまり声の音程はどこでもでるし、音に対する不満はありません。

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「あの草を摘み取って」レジーヌ・クレスパン、1963年録音、英デッカ 479 393-2
これは聴き始めは、これなら何とかなりそう、という印象でした。確かにテンポはやや遅めかも知れませんが、全体としての印象はまあクレスパンならこういう所か、と思いました。上品で、透明感のある声です。全曲でなくアリア集に向いているのかも知れません。

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「私の最後の願い」アントニエッタ・ステルラ、TESTAMENT、1956年録音
昨日聴いたのとは別のレコードですが、テンポが遅い。指揮者のせいかも知れません。声はアメリアの音域を十分カバーしております。

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「あの草を摘み取って」エレナ・スリオーティス 、オリヴィエロ・ファブリーティス指揮、ローマ歌劇場管、英デッカ440 405-2、1965年録音
これはテンポがキビキビしていますし、録音も上出来です。スリオーティスの他の役の歌い方で予想される通りの歌いぶりです。結果的に十分な音域を出しています。以前に聴いたカラス盤の次にこれが印象的だと妻は申しております。元気一杯の声です。しかし長続きはしなかったのですね。

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「私の最後の願い」エレナ・スリオーティス 、オリヴィエロ・ファブリーティス指揮、ローマ歌劇場管、英デッカ440 405-2、1966年録音
上記と同じCDに収まっていますが、録音時は1年違います。デッカではここで取り上げた曲から順次全曲版を作るつもりだったのでしょう。

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「私の最後の願い」レナータ・テバルディ、1962年録音、英デッカPOCL-9511/8
テバルディは「仮面舞踏会」のアリアをかつて1962年に吹き込んでいます。そもそもテバルディはアメリア役に興味を持たず、また自分の喉にとって危険な役柄と認識していました。それは大層強いもので、かつて「オペラ・ニュース誌」に仮面舞踏会は歌わない、と述べています。それに対し、カーチャ・リッチャレルりは仮面舞踏会こそ自分の喉にとっても格好の役柄だ、といっていました。これはオペラ歌手にとって軽々しく役柄にあわない声は幾ら興味深い役柄であっても避けた方が良いことを表しています。つまりリッチャレルリは歴史の舞台からすでに姿を消しているからです。(テバルディにどうしても、という熱心な指揮者のすすめがあって、これを1970年になってから一度全曲盤の録音に踏切り、そしてその録音が彼女の長い録音歴の最後となりました。アリア一曲を上手く歌うのと全曲録音をするのではおよそ全てが違ってくるのです)アリアとしてなら、この第3幕最後のアリアなぞはナカナカ聴けます。

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「私の最後の願い」、フィオレンツア・コソット、CDC-89 Atalia FONT CETRA,1978年録音
コソットはココで唯一のメゾからのエントリーでしたが、一時的にハッとするのですが、長くは持たないのです。声の問題、声量と声域の問題ではなく、声質の問題です。長く聴いていると次第にそれが顕になって来ます。でも良い声でした。

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「私の最後の願い」 片岡啓子 ドナート・レンツエッティ指揮、モンテカルロ・フィル、DENON COCO-75956、1994年録音
やはり日本人は体力的に負けるなあ、と思いました。全体的にテンポが遅めなのです。これをアリア集として評価することは部分的には可能ですが、私の耳にはそれは避けたいと言っています。
千葉のF高

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以上の結果から、第一に聴くべき「仮面舞踏会」のCDとしては、カラスの歌うアメリアを含んだものになります。5回しか歌ったことのない曲で、あれだけ表情を付けて歌えたカラスの才能と努力に脱帽です。

(242)映画化したミュージカル
ミュージカル「レ・ミゼラブル」の映画化したものを映画館でみました。これはかつてロンドンでパレス劇場の舞台で観た事がありますが、映画化した分、時にオーバーな表現が見られました。「レ・ミゼラブル」は私が本を読み始めた小学校3年生の頃に、最初に読んだものの一つでした。それと比較しますとテナルディエの話や、モンマルトル墓地の話が抜けています(または超簡略化)が、全体の理解にはこれで足りると思います。全体の中心を暴動のシーンにおいていますから、分かり易くはあるのですが、少し急ぎ過ぎかな。1月早々に観たのですが、「トリスタンとイゾルデ」の時のように全館貸し切り状態ではなく、ガラガラながら、年配の人々がパラパラと早朝の館内を埋めていました。

千葉のF高











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