ヴェルディの歌劇の比較
「オテロ」 (ジュゼッペ・ヴェルディ)
ヴェルディは前作「ドン・カルロ」を書いた後、長らく新作がありませんでした。それで「ドン・カルロ」が最終作だろうと自他ともに考えた時期を経ました。ところがそのヴェルディに新作「アイーダ」を依頼しようという動きが生じ、ヴェルディ後期と呼ばれる「アイーダ」、「オテロ」、「ファルスタッフ」の3作品を我々は得た訳です。いずれも有名な傑作ですが、特に「オテロ」は容易には上り詰める事が難しい。そもそもヴェルディ「オテロ」とはシェークスピアの「オセロ」に当たる事は誰しも分かる事ですが、その中から後半部分に焦点を当てて作曲したのが歌劇「オテロ」です。ですから華やかなヴェネツイアのドージェ(共和国元首)周辺のありさまはここでは省かれます。そしてオテロが黒人でありながらキプロス島総督にまで出世した理由、それを支えたデズデーモナの努力、苦々しく見つめるイヤーゴの振る舞い等は、伏線になっています。そしてオペラ「オテロ」は作られましたが、結果的に台本全体の後半に集中したのは正解でした。全体を出そうとすると、どうしても薄くなります。またここではアリゴ・ボーイトの脚色も優れています。ボーイトは自分でもオペラ「メフィストフェーレ」を作曲していて、特に天上界の合唱はぞっとする程の感激をもたらしますが、ヴェルディとの共同制作はこの「オテロ」と、最終作「ファルスタッフ」の2作のみで終わりました。



(243) ヴェルディ「オテロ」の比較試聴
「オテロ」は何よりも全体を突き抜ける図太い大理石のような柱が大切です。これになよなよとしたメロドラマ風の味を付けてはいけません。その代わりこの曲は指揮者の、また主役のオテロとイヤーゴの掛け合いに左右されますから、キャスティングに誰を選ぶかによって全体が成功するかどうかも、ある程度決まってしまいます。下記するマリオ・デル・モナコがよく出て来ますが、デル・モナコだからといって、どれでも同じでは無いのです。そもそもオテロを歌うことを承知した時点から、そのテノール歌手は悩むことになります。歌う直前まで自分にそんなことを歌えるとは思えない、とギシギシするような悩みを見せます。かつて日本で「オテロ」を初演した時、デル・モナコはオーケストラが鳴り始めた直前にこの悩みに襲われ、もうイヤだと言ってごねたと言われます。実際にはそれから舞台上の人に変身したデル・モナコは一言も間違えずに堂々と演じたと言われます。デル・モナコより少し若いフランコ・コレルリは彼方此方の劇場で様々な役を演じましたが、最後に残った役がこの「オテロ」でした。あちこちで成功が予想され、予期されたものの舞台には上がらずコレルリの「オテロ」はついに鳴らないまま、そして遠からずしてコレルリは引退しました。

トスカニーニ盤とフルトヴェングラー盤でオテロを歌っていたラモン・ヴィナイは堂々とこの役を歌っており、両巨匠のバトンで歌うというクラクラするような経験をしています。どちらが上手いかの判断は難しい。トスカニーニは「こう歌わなければならない」というオキテに支配されますし、フルトヴェングラーはその時の雰囲気に巻き込まれ、それに乗らなければならない、という態度です。それらを承知していれば、あとは思い切り音楽に体をのせて自ら楽しむことができます。もう少し後の時代になるとイヤーゴ役にティト・ゴッビがおり、ゴッビは大変な名優ですが、演技が分かる画面が欲しくなります。どこが名優たるのかは見れば分かります。そもそも作曲者ヴェルディの時代の余韻が残っているのに、歌劇「オテロ」はむしろ歌劇「イアーゴ」だろうと言われました。凡庸な歌手には勤まりません。そして各種の比べる最後には、デル・モナコと若かりし日のジョン・ヴィッカーズが競います。ヴィッカーズはもともとワーグナーを得意とした歌手ですが、その集中力を買われます。ただ、それを考慮してもなお、デル・モナコの持つ一瞬の緊張は他を抜きんじています。

カラヤン/デル・モナコの「オテロ」のLPは、イタリア物、ワーグナー物の全体を通して最初に私が購入した全曲盤でした。当時これは5,000円もしたので、これでは一生に何曲買えるのだろう、と自らの薄い財布を眺めて呟いたものです。とにかく「オテロ」は出たばかりのピカピカの新盤でしたが、その選択は誤っていなかったと思います。その後様々な「オテロ」体験をしましたが、今回これほど多くの「オテロ」をまとめて比較試聴するのは、私としても初めてです。例えば最後に登場したルチアーノ・パヴァロッティの歌うショルティ盤「オテロ」、これをかつては酷評したことがあります。当時の私の耳にはそう聴こえたのです。今回再度全曲を聴き直した結果、かなりの修正をしました。

各種オテロを観聴きした印象
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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  ラモン・ヴィナイ
イアーゴ オテロの家来 Bar  ジュゼッペ・ヴァルデンコ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop  ヘルヴァ・ネルリ
カッシオ オテロの副官 Ten  ヴィルジニオ・アッサンドリ
アルトウーロ・トスカニーニ指揮、1947年12録音NBC 5Hスタジオ

オリジナル版とも言えるトスカニーニ指揮の「オテロ」。何と言ってもヴェルディ自身の指揮でチェロを弾いて初演に立ち会たのがトスカニーニでした。このCD は後に録ったものですが、気分に乗ってトスカニーニはお決まりの鼻歌を歌っています。文字数に制限があるため、その表現にも限りがありますが、これが「オテロ」の初演に立ち会った人の指揮だと言う点をお汲み下さい。ネルリというソプラノは大したことの無い人だ、とあっさり書きますが、実はこのネルリは、これはこれで立派なものと言えます。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  ラモン・ヴィナイ
イアーゴ オテロの家来 Br  パウル・シェフラー
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop.  ドラジカ・マルティニス
カッシオ オテロの副官 Ten  アントン・デルモータ
エミーリア デズデーモナの侍女 Ms ジークリンデ・ワーグナー
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮、1951年8月録音、virTuogoFV3024/2
これは凄い「オテロ」でした。まず、オーケストラにせよ、総譜にせよ、そういう外から加わる圧力を無視したような指揮ぶりです。決して音楽を無視してはいないし、物凄い圧力をヒシヒシと感じます。この録音テープにはいじったあとが感じられ、所々雑音を避けようとする努力を感じますが、それを含めてこの「オテロ」は是非一度御聴き下さい。あらゆるキャストは慎重に選ばれていたことが分かります。脱帽です。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  マリオ・デル・モナコ
イアーゴ オテロの家来 Bar  アルド・プロッティ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop レナータ・テバルディ
カッシオ オテロの副官 Ten  ピエロ・デ・パルマ
アルベルト・エレーデ指揮、1954年7 -8月年録音。
これは最も安心して聴ける「オテロ」でした。オテロの声がやや大きいのです。勿論これくらい大きい方がオテロらしい。これに対してイヤーゴの声に少しだけ不満がありましたが、1961年盤では改善されています。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  マリオ・デル・モナコ
イアーゴ オテロの家来 Bar  レナード・ウオーレン
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop ヴィクトリア・デ・ロス・アンヘレス
カッシオ オテロの副官 Ten  ピエロ・デ・パルマ
フランコ・カプアーナ指揮、ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場、1958年録音。
これは実況録音盤です。8月中の収録とあったのですが、恐らく特別公演、または次のシーズンのこけら落としのような公演でしょう。ここで珍しくロス・アンヘレスがソプラノ役を担当しています。ロス・アンヘレスは甲高い声で力強く歌うのですが、どうしても単調になるのです。ロス・アンヘレスは第4幕の「柳の歌」になってオテロとやり合う場面では派手に声を上下させていますが、余り甘い味ではありません。思うにロス・アンヘレスの声は3ツ位に分かれているようです。普通に歌っていたのが、少し高い音を含む2ツ目で弱くなり、3ツ目は特にしっかりした高音を響かせているようです。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  マリオ・デル・モナコ
イアーゴ オテロの家来 Bar  ティト・ゴッビ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop ガブリエルラ・トウッチ
カッシオ オテロの副官 Ten  マリアーノ・カルーソ
アルベルト・エレーデ指揮、1959年録画、N響
これは比較を絶した「オテロ」でした。特にイアーゴの仕草は本当に身に付いたもので、例えば腕を回転させる際には、ガクガクと回し、また相手方に合わせて自らの口元を塞ぎます。こんな事をやってのけるのはゴッビくらいな物です。このオペラを「オテロ」と呼ぶ代わりに「イヤーゴ」と呼ぶのが相応しい、という説もこれなら頷けます。といってオテロを歌うデル・モナコに不満がある訳ではありません。登場の場も、庭園の場もデル・モナコが歌い始めると、その影響は他の人とは一線を画しております。しかもこれは画像付き。おまけに私ごとですが、これは私がオペラというものを見た(但し白黒のテレビで)最初の経験でした。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  ジョン・ヴィッカーズ
イアーゴ オテロの家来 Bar  ティト・ゴッビ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop レオニー・リザネック
カッシオ オテロの副官 Ten  フロリント・アンドレオーリ
トウリオ・セラフィン指揮、1960年録画。
これには独得の味ワイがあります。セラフィンは全体の流れはそのままに、ソリスト達の登場する場面では、ソリストにピッタリと寄り添っています。まず音楽の流れのテンポが明らかに遅くなります。イアーゴの声がどのように響いたかが気になりますが、それは必ずしも能弁ではありません。ただ細かい歌い回しは優れています。第1幕でのオテロとデズデーモナの2重唱の場面はまるで「トリスタンとイゾルデ」のような味ワイ。これはデズデーモナの歌声がシームレスなためと思いました。これが第4幕になると様子が少し変り、リザネックの声は真実味を見せます。ピアニッシモが多いのですが、キチンと歌っております。ヴィッカーズは当初は巧みに歌っていますが、最後の場面では声を抑えたせいか、やや違った感じになります。ヴィッカーズは第2幕、第3幕では声に輝きがあって、デル・モナコばりのオテロ声を聴かせているので、他の場面を除けば納得がいきますし、ヴィッカーズ盤を第一に推薦したKa氏の心情もわかります。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  ハンス・バイラー
イアーゴ オテロの家来 Bar  ウイリアム・ドウリー
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop レナータ・テバルディ
カッシオ オテロの副官 Ten  マリオ・フェラーラ
ジュゼッペ・パターネ指揮、1961年録画。
テバルディは大人しい物静かなデズでモーナを演じています。画像付きだとどうしても画像の印象が強くなりますが、それにしても静かです。ひっそりと庭園のベンチに座り、優しく家人達に接しているのが分かります。テバルディ自身はこの演奏が気に入っていないようです。もう一つの問題点、というか疑問点が残っていて、この「オテロ」は全曲がイタリア語なのか、第2幕の子供達の合唱だけがドイツ語なのか、不鮮明な感じがありました。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  マリオ・デル・モナコ
イアーゴ オテロの家来 Bar  アルド・プロッティ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop レナータ・テバルディ
カッシオ オテロの副官 Ten  ネルロ・ロマナート
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、1961録音。
これは録音技術、音の適格さ、パッションにおいていずれもが第1級のものです。当初から心配したオルガンの音がオーケストラに被さっているのは気になりますが、その点を除けば私は文句ありません。イアーゴを歌うプロッティは甘い声も暗い歌も使い分けていて、その点では立派なヴォーカリストですが、全体として「悪意あるバリトン」を感じさせてくれれば更に良くなると思います。

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オテロ ヴェネツイアの将軍でムーア人 Ten  ルチアーナ・パヴァロッティ
イアーゴ オテロの家来 Bar  レオ・ヌッチ
デズデーモナ ヴェネツア人オテロの妻 Sop キリ・テ・カナワ
カッシオ オテロの副官 Ten  アンソニー・ジョンソン
ゲオルク・ショルティ指揮、シカゴ管、1991年録音。
これは何と言っても音が良いのですが、歌手のタイミングの取り方等で若干の不満はあります。前回の批評に際してこりゃダメだ、とメチャメチャに酷評したのですが、今ではそれは言い過ぎだったと反省しております。与えられた音符を努力によってクリアしているカラヤン盤のデル・モナコに比して、パヴァロッティはあくまで清浄で素直な声を披露しています。それだけ声が自由なので、色々な表情づけも露になってしまいます。例えば第2幕で同じ旋律が3回繰り返される箇所では、最初のそれはやや物足りなく、2回目からは力が籠っています。それがその箇所だけでなく、次に来る3回の繰り返しでも同様です。従ってこれはパヴァロッティの確信犯的な表情づけだろうと思うのです。レオ・ヌッチのイアーゴは中音域は素晴らしいのですが、高音域では工夫した跡を感じます(これはゴッビの表情がごく自然に出てくるのと比較すれば分かり易い)。キリ・テ・カナワの歌うデズデーモナは、これも私がかつて思っていたよりもズッと好感を持ちました。以前の私は、それは其れは酷いものでしたから。

それにしてもこれは録音技術が確実に進歩しているのがはっきり分かります。「柳の歌」の場はむしろオテロの方が歌い方が甘く、有り体に言えばカンツオーネ見たいな気がしました、かつての辛辣な批評は引っ込めます。
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アリア集に聴く「オテロ」
ローザ・ポンセル、偉大な声、柳の歌-アヴェマリア、1924年録音、NAXOS8.110728
ローザ・ポンセルは録音ソースが限られますが、音の纏まり感はありました。
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アントニエッタ・ステルラ・オペラ・アリア集、アヴェマリア、アントニエッタ・ステルラ(Sp)、TETSAMENT ニノ・サンツオーニョ指TSETAMENNT 1956年録音。
これは意外に良かったという印象です。音が均一で、それを操る力も十分でした。
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レオンタイン・プライス、偉大な声、柳の歌、BMG RCA, フランチェスカ・モリナーリ・プラデルリ指揮、09026-18158-2、1963年録音
これは初めは期待しましたが、やはり全体としては強い箇所と弱い箇所が繰り返されています。
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レジーヌ・クレスパン、イタリア・オペラ・アリア集、英デッカ、エドワード・ダウンズ指揮、1963年録音。
透明感のある声でしたが、それを組み立てる方法に欠点があります。つまり単独の音を出すのに注意が行ってしまい、全体の統一感がありません。クレスパンはやはりアリア集向けなのでしょうか。
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ルドルフ・ビング引退記念メトロポリタン・オペラ・ガラ集、もう夜も更けた、テレサ・ツイリス・ガラ(Sp),フランコ・コレルリ、オペラハウス管、1972年録音
これはコレルリ本人にとっても、ツイリス・ガラ本人にとっても惜しいと感じました。今日コレルリの録音を探すとあれほど多かったようだったのに意外にも少ないのです。
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アンナ・ネトレプコ、オテロ、柳の歌-アヴェマリア、クラウディオ・アバド指揮、マーラーチェンバー管、グラモフォン、UCCG-1213、477.1012、2004年録音。
ネトレプコの録音ですからある程度期待がありましたが、実際には、どうも役柄を間違えた様です。つまりネトレプコはここで声を美しく歌っていますが、それだけみたいな感じです。

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以上の結果から、現在私の耳に残るのはトスカニーニ盤、フルトヴェングラー盤、カラヤン/デル・モナコ盤、セラフィン盤となります。かけがいの無いオテロです。初めて、それも一つだけ聴いてみようという方にお勧めするのはカラヤン/デル・モナコ盤でしょうか。色々聴くべき要素を含んでおります。ただオルガンの音がうるさい。

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(244)不思議な感覚
3月12日には生舞台(日生劇場)でミュージカルを観ました.昨年末に切符を買った「屋根の上のヴァイオリン弾き」です。この高名なミュージカルをやると予告され、思わず買ってしまった次第。考えてみればこういうノン・クラシックのものも楽しむと言うのが日頃からの私の主張だけれど、単にそれを実行するのが面倒だというので、従来テを抜いていたのです。鳳蘭さんは風邪気味でしたが、それに目をつぶればまずまず。主役の市村正親は声がよく通っていました。この演出では飛び込みのセリフ等が多いと客席からの不満も聞こえましたが、そういうアドリブのセリフをこなすのもミュージカル役者の力だと思うのです。幕切れの演出はなかなか面白く、ややアンビバレンツな気分で劇場を離れました。

千葉のF高

写真は切符売り場の風景
写真は切符売り場の風景。










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