ヴェルディの歌劇の比較
「イル・トロヴァトーレ」 (ジュゼッペ・ヴェルディ)

ヴェルディは中期に、「イル・トロヴァトーレ」や「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」を創っていますが、全体に溢れるような旋律が目立ちます。「イル・トロヴァトーレ」の最後のあたりでは「椿姫」で馴染んだ雰囲気の音楽が目立ちます。とにかく溢れるような旋律、ドラマティックなスジの運びがあって、もしある日イタリア風の音楽を聴きたいと思った時、これはピッタリです。何時聴いてもそれらの要求に合う曲だからです。



(247) ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」の比較試聴
この作品を万全の形で演奏するのは大層むずかしいところです。全体的にみてあくまで透明な声が求められます。決して声が大きいだけではダメで、フワッと浮かべる術も持っていることが必要です。これは大変な要求であり、そうそう簡単に実現しません。あるいは浮かべることは身に付いていても、そのトーンはあくまでドラマティックでなければいけません。わたしが初めて「イル・トロヴァトーレ」を聴いた時は1963年ですが、マリオ・デル・モナコが欠け、ジュリエッタ・シミオナートは初日のみというたいそう残念な経験をしました。ドラマティコ・ダジリタという声の基礎知識さえも、私自身がまだ初心者故に良く分らないままでした。せっかくのアントニエッタ・ステルラや、エットーレ・バスティアニーニもいわば、宝の持ち腐れ。あれから50年以上が経ちますと、その間に色々な「イル・トロヴァトーレ」を聴き、色々な歌手を聴いて、私の耳もいささか進歩したのではないか、と思う次第。

各種「イル・トロヴァトーレ」を観聴きした印象
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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten ユッシ・ピョルリンク
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop ジンカ・ミラノフ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms フェドーラ・バルビエーリ
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar レナート・ウオーレン
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ニコラ・モスコーナ
レナート・チェルリーニ指揮、RCAビクター管、1952年録音

快適なテンポで進みます。ニコラ・モスコーナのバスは素晴らしく響き、肝心のユッシ・ピョルリンクのマンリーコがやや頼りなく聴こえるのをカバーしています。ジンカ・ミラノフのレオノーラは、この時期ソプラノ・ドラマティコ・セッコが稀少だった事を鑑みますと、堂々としています。ただミラノフは次第にカナ切り声の成分を含む様になって行くのが欠点です。それでも全体としては可です。フェドーラ・バルビエーリのアズチェーナは堂々たる声を披露していました。本当にこういうアズチェーナをもっと聴きたいところ。分厚く、脂タップリの声。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten ジュゼッペ・ディ・ステーファノ
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop マリア・カラス
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms フェドーラ・バルビエーリ
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar ローランド・パネライ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ニコラ・ザッカリア
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、スカラ座管、1957年録音

聴いてみたいと思うのは明らかにマリア・カラスがどんな歌唱ぶりかということですが、少し詰まったような音色でした。カラスが持つ声の特性は誰でも知っている事ですが、ここではその点を再確認できます。ピアニシモからフォルテまで、自在に声をコントロールしています。ただ頭の中にいれておいて欲しいのですが、それは1956年に於いてこそ、コントロールは絶妙だった、ということです。

カラスはピアノもフォルテもうまく歌ってはいますが、絶好調だとは思えない、カラスだったらもう少しアクの強さも聴きたい所だ、と思いました。1956年というこの録音は昔読んだエドワード・グリーンフィールド著の「マリア・カラスの芸術2」(1964年、ディスク)に大いに影響されていることを白状します。それが最近になって私は実は喉そのものの状態は1956年には、はや凋落の途中だったと考えた方が良かろう、と感じるようになりました。私は太い声で歌われたものに魅力を感じるのですが、遍歴の挙句にそう言う声に遭遇すると、やはりこうでなくちゃ、と思います。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten マリオ・デル・モナコ
レオノーラ アラゴン公の女官 Sop レナータ・テバルディ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms ジュリエッタ・シミオナート
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar ウーゴ・サヴァレーゼ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ジョルジョ・トッツイ
アルベルト・エレーデ指揮、フィレンツエ音楽祭管、1959年録音
レナータテバルディによるレオノーラを聴こうと思ったら、これを聴くしかありません。どう言う訳か、テバルディは劇場からの依頼を断っていたからです。ドラマティックすぎるというのが理由でした。出来映えを聴きますと、何幕、何場と指定して比較する必要があります。というのはある特定の場だったらテバルディは綺麗なピアニシモを聴かせてくれるからです。どうして全体を聴くとそうならずにフォルテ過剰になるかと言いますと、やはり自分に自信が持てない場合は、いきおいピアニシモよりフォルテを使う方が楽だからでは無いでしょうか。美しいピアニシモを出す為には声全体を押さえる必要がありますが、絶対的な自信に欠ける場合は、ついフォルテで逃げてしまうものです。かつて経験した素人音楽会で、知人が何とイル・トロヴァトーレの「恋は薔薇色の翼に乗って」を選んだので、替えた方が良いのではと助言しましたが、通ぜず。結果は押して知るべし。誰だってベルリーニのノルマ「清らかな女神」とか、ワーグナーの「ブリュンヒルデの自己犠牲」とか、を歌いたいという魅力には勝てないのです。

そしてマリオ・デル・モナコですが、あらかじめデル・モナコの歌唱だぞ、と繰り返しておけば、期待には背かないでしょう。むしろジュリエッタ・シミオナートのアズチェーナにはもう少し注文があります。何も知らなかったら、ここに於けるシミオナートの歌唱は満足すべきものです。しかしもう少し後の、いわばタガが外れかけたシミオナートを3ツでも聴いたりすると、これは差があるなあと思う事になります。シミオナートは、明らかに大器晩成でした。ウーゴ・サヴァレーゼの部隊長もナカナカ聴かせます。アルベルト・エレーデの指揮ぶりもナカナカ立派でした。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten フランコ・コレルリ
レオノーラ アラゴン方の女官 Sop レオンティン・プライス
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms ジュリエッタ・シミオナート
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar エットーレ・バスティアニーニ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ニコラ・ザッカリア
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウイーン・フィル、1962年実況
さすがカラヤンです。彼の棒ですと全てキビキビしています。レオンティン・プライスの声は実に上手く引き延ばされています。時として、ヒョっとしてこのプライスのレオノーラの歌の上手さはエレクトロニクスの助けを受けた物かもしれないと感じました。大かれ、少なかれ録音と言う作業ではこれが付き物なのですが、余りに上手いから少しひねて考えた次第。ニコラ・ザッカリアの歌う部隊長のバスも堂々としています。コレルリだけ少し声を引きずった感じがしますが、気にならない人だったらこれは許容範囲内。シミオナートのアズチェーナは声も表現も立派。カラヤンの指揮したイタリア・オペラは皆リズム感がよく、良い結果を持っていますが、これは絶好の例でした。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten カルロ・ベルゴンツイ
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop アントニエッタ・ステルラ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms フィオレンツア・コソット
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Ten エットーレ・バスティアニーニ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Sop イーヴォ・ヴィンコ
指揮、音楽祭管、1963年録音
これはフィオレンツア・コソットの歌うジプシーの老婆はどう響くだろうと考えた次第です。若い、そして美声である、という2コトに尽きます。今回このCDを含め様々なCDをさんざん聴きました。そうして得た結果、やはりシミオナートの偉大さを再発見しました。それはコソットを聴いても変りません。コソットは声は立派ですし、良く音程をカバーしていますが、何と言ってもコソットは若いのです。メゾ・ソプラノですから、これでは多くの役柄を失ってしまいます。カルロ・ベルゴンツイは思ったより声の根幹が揺れていました。これは意外でした。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten フランコ・コレルリ
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop ガブリエルラ・トウッチ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Mes ジュリエッタ・シミオナート
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar ロバート・メリル
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas フェルッティオ・マッゾーリ
トマス・シッパーズ指揮、ローマ劇場場管、1964年7月実況
シッパーズが亡くなる前に録音した堂々たる物です。コレルリの声も申し分ありません。ただしこの録音も完璧ではなく、レオノーラの大アリアの最後の部分が抜けています。これはどうして?と言うホンの僅かな時間なので惜しい。全体に物凄くアップ・テンポです。シミオナートの声がややくすんでいます。役柄上はこれで良いのですが、全体的にはカラヤン盤の方が素晴らしい出来映え。トウッチは思い切り開放的な歌い方をしており、その音は澄んでいます。こういうのが本来のドラマティコ・ダジリタだと私は感じました。そしてロバート・メリルのバリトンも上手い。ここでのメリルは確かに上手い。そしてマンリーコを歌うコレルリも素晴らしく上手い。これならタイトル・ロールを担うのも当然です。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten カルロ・ベルゴンツイ
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop ガブリエルラ・トウッチ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Mes ジュリエッタ・シミオナート
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar ピエロ・カップチルリ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas イーヴォ・ヴィンコ
ジャナンドレア・ガヴァツエーニ指揮、モスクワ・劇場オーケストラ、1964年9月実況
これはイル・トロヴァトーレ抜粋の寄せ集めです。またこれは上記の公演の直後にあったモスクワ公演の実況です。一人ずつ焦点を当てていますが、その結果分かったのは、シミオナートの声がもはや限界に近い事でした。声が始終裏返り、しゃくれています。これはまずい。観客の拍手はそれを裏付けています。こんなに拍手の少ないアズチェーナは珍しい。少しあとにコソットがシミオナートに挨拶に来た時のエピソードが白木筆「プリマドンナへの道」に紹介されていますが、どんな言い訳も通じるワケが無いのです。シミオナートは自分では本当のところが分かっていますから、思い出させられただけで癪に触ったことでしょう。またベルゴンツイがかなり恣意的な歌いぶりだった上、自分の声が持つ限り長く延ばしたがっていました。またトウッチの声がキャンキャン響きました。この時の演奏ぶりはきっと全曲盤が録ってあるに違いありません。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Bar ルフォヴィコ・シュピース
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop モンセラ・カバリエ
アズチェーナ ジプシーの老婆 Ms イリーナ・アルヒポーヴァ
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar ピーター・グロソップ
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ニコラ・ザッカリア
レナルド・ジョヴァネッティ指揮、オランジェ音楽祭放送管、1973年録音
ピアニッシモを強調したレオノーラでした。他のキャストも大抵は無難に歌っています。カバリエは一カ所声を出し損なった箇所がありますが、そこは弱々しい声で誤摩化していました。カバリエに視覚で期待する人はいないでしょうが、どこでもこれだけ安心感をもって任せられるのはナカナカです。

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トロヴァトーレ ビスカヤ地方の吟遊詩人 Ten ルチアーノ・パヴァロッティ
レオノーラ アラゴン公方の女官 Sop ジョーン・サザーランド
アズチェーナ ジプシーの老婆 Mes マリリン・ホーン
ルーナ伯爵 アラゴン公方の騎士 Bar イングヴァル・ヴィクセル
フェランド アラゴン公方の部隊長 Bas ニコライ・ギャーロフ
リチャード・ボニング指揮、ナショナルオペラ管、1977年録音
「イル・トロヴァトーレ」という曲が、ソプラノに軽やかさを要求していることも考えて、この録音が生まれたのでしょう。レオノーラの箇所では思い切りテンポを落とし、楽譜を相当はみ出すように歌わせています。私はこういうレオノーラが可能だ、と言う点を確かめるためだったら、このイル・トロヴァトーレも受け入れますが、ただレオノーラはかくあるべし、として聴くのだったら、それは敬遠します。他のキャストに対して失礼だと思うのです。おかげでパヴァロッティは正式録音を他に持つ事ができませんでした。アズチェーナ役のマリリン・ホーンはこの録音に関する限り、失敗だったと思います。昔サザーランド本人の言として「恐らくはトロヴァトーレみたいな曲をもっと歌わなければならないのでしょうけれど、今は別の曲をもっと歌いたいのです」と、秘かにドニゼッティ「アンナ・ボレーナ」かベルリーニ「清教徒」を歌わせて欲しい、とメットの当局に求めていたのが思い出されます。サザーランドって可愛い声の持ち主だ、ということかも知れません。パヴァロッティの歌うマンリーコは、あれだけ自由な声を持つパヴァロッティが、その声のアピールで少し遅れていたと感じました。
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アリア集に聴く「イル・トロヴァトーレ」
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ローザ・ポンセル、穏やかな夜には(1922)、恋は薔薇色の翼に乗って(1918)、ミゼレーレ(1918年;ジョヴァンニ・マルティネリ、メトロポリタン実況)、この流れる涙をみて下さい(1920年;ジョヴァンニ・ストラッチャーリ)。
ローザ・ポンセルの遺品ですが、録音年代がマチマチなので、抜粋ではなく、個別のアリア集として捉えました。

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ジンカ・ミラノフ、ミゼレーレ、1945.2
これは少し旧い時代の録音だと思いますが、ミラノフは確かにドラマティック・ソプラノだと言う事を認識させます。

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ジンカ・ミラノフ、恋は薔薇色の翼に乗って、1946.2
もう少し長目のテイクもありますが、これはこれとして良い記録になります。ドラマティコとしての音質はお手本みたいです。

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レイラ・ジェンサー、恋は薔薇色の翼に乗って、フェルナンド・プレヴィターリ指揮、ミラノ放送響、1957年
ジェンサーは極めてゆっくりしたテンポを設定していますが、長い曲をこれで通すとややうるさい感じです。全体の印象がまるでサザーランドが歌うとこうなるか、というような雰囲気でした。それにしてもジェンサーの数多い録音は、もう少し音質がはっきりしてくれないか、と思いました。

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レオンティン・プライス集、1959.7、何をグズグズして御出でなのか、穏やかな夜には、この恋を語るすべもなく、恋は薔薇色の翼に乗って
プライスは初めて歌うこの曲を元気一杯に歌っています。中には注意深さがやや目立ち、完璧に歌おうとしているかのようですが、これはもう少し肩の力を抜いても良かったかと思いました。

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アントニエッタ・ステルラ、穏やかな夜には、1956年
ステルラはこれも次回のものも、良く似ています。何時も変らない歌で、少し寂寥を感じさせる色彩を持っております。

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アントニエッタ・ステルラ、穏やかな夜には、1963年、トウリオ・セラフィン指揮
前作のコピーみたいですが、この方が彫りが深い。

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穏やかな夜には、マリア・カラスの遺産、スカラ座ワグラム・サール、パリ、この恋をかたるすべもなく、ニコラ・レッシーニョ指揮、1964年
これは同じ年の下記の物に比して、やや上回るできばえ。何より声が安定しています。惜しむらくは声が今ひとつ伸びてくれたらと思うのは果たせぬ願望です。抜群の声の安定感があります。

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恋は薔薇色の翼に乗って、不滅のカラス、ニコラ・レッシーニョ指揮、パリ音楽院管、
マリア・カラスの芸術、1964年
最後のパリ録音。これは色々なバック・コーラスが付いて来るのですが、できばえから論じますと、それらが無ければなあ、と言う所でした。本当はそれらが成功していればカラスはこれを全収録したかったのだ、と思います。ただしこの前の音楽(前段)をこれと比較しますと、最初の部分では全く耳を疑うごとく、歌い方が一致しています。

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「イル・トロヴァトーレ」、アンヴィル・コーラス。恐ろしい火を見よ、エリック・カンゼル、シンシナチ・ポップス管、1994.4
軽やかなリズムと音符が踊っている様です。このような音源を一つ持っていれば役に立ちそう。
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これら以外にも先に文章を記した林康子の例もありますし、もっと最近聴いたコソットの例もあります。ここでは省略しましたが、かつてシミオナートに対して投げた言葉を今ではコソット自身が受けなければなりません。

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(248)蜷川幸雄の演出によるシェークスピアの「ヘンリー4世(あるいはヘンリー5世)」を観ました。埼玉の劇場でしたからややくたびれるほどの距離でした。相手方のファルスタッフ役が少しはっきりしない演技だった。松坂桃李は何と言っても演出家が可愛がっているのがよく分かりました。観衆の殆どは女性でしたし。天井からさっと降りた手幕など、舞台は華やかでした。あとは俳優たちの慣れですね。ヘンリー5世の若い頃の馴れ馴れしさがすっ飛んでいたのは、原作どおり。天井から聴こえる音楽、特にパイプオルガンの響きも、ここでは松坂をもり立てています。
千葉のF高










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