ヴェルディの「運命の力」の比較
「運命の力」 (ジュゼッペ・ヴェルディ)
ヴェルディ「運命の力」は、昔のLPで数えれば4枚分あります。かなり長いことに気がつかれたことと思います。その中には様々な音楽成分があります。主役レオノーラと結婚したいドン・アルヴァーロは敵意を持たないという証明のため、ピストルをレオノーラの父親のカラトラーヴァ伯爵の足下に投げ出すのですが、それが暴発してしまい、伯爵は死んでしまいます。時折お目にかかるカストラーヴァとあるのは誤りで、正しくはカラトラーヴァです。レオノーラ、ドン・アルヴァーロの両名は以前から相思相愛でしたが、父親はそれを容易に許さない関係でした。ドン・アルヴァーロはインカの末裔で、肌の色がまず違う。伯爵の事故死からレオノーラとドン・アルヴァーロは、逃げますが途中はぐれてしまいます。残されたレオノーラの兄ドン・カルロは、仇と知らずにドン・アルヴァーロと仲良くなりますが、決して見ないという誓いを破り、アルヴァーロから預かったものを開けてしまい、彼の素性を知ってしまいます。しかし、ドン・アルヴァーロが怪我をしているので、その怪我が治ってから決闘しようとします。その後あれこれあって、ドン・カルロはアルヴァーロとの戦いで傷を負います。アルヴァーロはその瀕死のドン・カルロを見送るため急ぎ僧を探しますが、ようやく見つけたのがレオノーラその人でした。息も絶え絶えのドン・カルロは妹をその場で刺し殺し、かくしてカラトラーヴァ家のメンバー(侯爵、ドン・カルロ、レオノーラ)は全員は死に絶えます。原案ではさらにドン・アルヴァーロもまた崖の上から飛び込んで死ぬと言うストーリーになっています。全員が死ぬのは、上演される版の中で最も悲劇的な版にあたりますが、今日ではその版は殆ど用いられません。

「運命の力」の音楽構成
ヴェルディはその様式の複雑さの為に、あとに続く音楽が中途半端に盛り上がっている印象もあります。これはロシア宮廷から依頼されました。今読み直しても、この「運命の力」というワケのわからないスジには困惑してしまいます。それでもこれが演奏されるのは、そういう不条理なスジ書きにもメゲないだけの音楽の素晴らしさでしょうか。必ずしも曲全体が素晴らしいとは言えないのですが。

歌劇「運命の力」の音楽について
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レオノーラ マリア・カラス
ドン・アルヴァーロ リチャード・タッカー
ドン・カルロ ブリニオ・タリアビーニ
グアルディアーノ神父 ロッシ・レメーニ
プレツイオシルラ エレーナ・ニコライ
メリトーネ神父 レナート・カペッキ
スカラ座管、スカラ座管、トウリオ・セラフィン指揮、1954年EMI

カラスの声自体は魅力的なものです。「ものです」なんて軽いお世辞みたいですが、もう少し本気です。ただ周辺に配置された歌手達があまりいただけない。まずリチャード・タッカーはかなり年とった元少年ですし、エレーナ・ニコライのプレツイオシルラは昔鳴らした人、という感じ。ブニリオ・タリアビーニもタッカーと同様です。要するにこの「運命の力」はEMIが胸を張ってソレどうだ、と見せる(聴かせん)水準ではないのです。ただただ主役のマリア・カラスの名前にひれ伏しております。カラス自身は堂々としていますし、有効打を打っていますが、周辺のキャストがそれを充分に受け止めて、丁々発止とやり合う気迫に欠けています。言うなればカラスをここに迎えるに際し、カラス以外のキャストに関しては丸投げした感じです。かのウオルター・レッゲが演出したと書いてありますが、それならそれで気迫が欲しいものです。カラス自身の歌も、あと一つ影や翳りを感じました。一体どうしたのでしょうか。ただセラフィンの指揮は全体像をくっきり運ぶ指揮で感心しました。

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レオノーラ レナータ・テバルディ
ドン・アルヴァーロ マリオ・デル・モナコ
ドン・カルロ エットーレ・バスティアニーニ
グアルディアーノ神父 ロッシ・レメーニ
プレツイオシルラ ジュリエッタ・シミオナート
メリトーネ神父 レナート・カペッキ
フランチェスコ・モリナーリ=プラデルリ指揮聖チェチーリア音楽院管1955年 録音

テバルディのレオノーラを万全(に近い)な形で聴けます。指揮者のテンポが速いのでドンドン先に進みます。こういうのは心地よい。タハ・トホ・テへというテバルディ流の流れとそれによる弱音は美しい。シミオナートのプレツイオシルラ役は申し分なく素晴らしい。エレナ・ニコライなぞと比較にならない出来映え。またマリオ・デル・モナコも欠点は見つかりませんでした。怠惰な売り場のシーンなどもこのテンポなら問題ありません。テバルディは上述のタハ・トホ・テへで通す限りは問題ありませんが、それがフォルテを含む物だったりすると、高音部がやはり無理になります。無理と言うより無理矢理に出すものですから声が固くなってしまいます。これはくり返し現れるので聴く者の耳を痛めます。神父の声(シェピ)は優しく絶品です。最後近くのシーンでなる死者のための音楽は家内はいたく気に入ったようです。全体にキビキビしたテンポは心地よく響きます。

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レオノーラ レナータ・テバルディ
ドン・アルヴァーロ フランコ・コレルリ
ドン・カルロ エットーレ・バスティアニーニ
カストラーヴァ侯爵 レナート・カペッキ
グアルディアーノ神父 ボリス・クリストフ
プレツイオシルラ オラーリア・ドミンゲス
メリトーネ神父 レナート・カペッキ
ナポリ・サンカルロ劇場実況収録、1958年

これはモノクロですが、そういうことを省いても、おぼろで、ぼーっとした映像です。おそらく日本では市場には出ていないと思います(ニューヨークで買いました)。何もない、よりマシと考えて比較に出しました。テバルディは喉ではなく、演技に大いに注文があります。どこを取っても「あれえ」、という悲鳴が聞こえてきそうなポーズ。決して歌役者とは思えません。また舞台上には立っているだけでした。それでもこの映像は珍しいので万人に貴重がられるでしょう。ここではカラスの映像が全くありませんから比較できませんが、音声から察する演技は、もっと適格だろうと想像します。このヴェルディのオペラという範囲内でテバルディがあって、カラスがないのは恐ろしい事です。他のキャストは皆素晴らしい喉を聴かせます。コレルリにせよ、ドミンゲスにせよボリス・クリストフにせよです。むしろ1958年という年にどうしてこの豪華なキャスティングを組めたのかは驚きです。テバルディの喉は万全でした。以前聴いた時は最後の幕では喉をセーブしたかのような印象がありましたが、あらためて喉自体は万全ということを付け加えさせて戴きます。何と言ってもサンカルロ劇場はテバルディの大好きな劇場だと言うことを思い出させてくれました。


アリア集に聴く「運命の力」
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ポンセル・ヴェルディ・アリア集、神よ平和を与え給え、天使の中の聖処女よ、エツイオ・ピンツア。メトロポリタン合唱部
これはゆったりと歌い出す表情がナカナカのものでした。1924録音。

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ローザ・ポンセル・アリア集、神よ平和を与え給え、ロザリオ・ボウルドン指揮、メトロポリタン管
これは前者より少し劣ります。1928年録音。

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メトロポリタン・オペラ・ガラ、ルドルフ・ビング記念、リチャードタッカー、ロバート・メリル、フランチェスコ・モリナーリ=プラデルリ指揮、1972年、メット管
男性陣が歌う兄弟愛の2重唱ですが、ロバート・メリルはなかなか立派な出来映えでした。リチャード・タッカーは例の「泣き」が目立つので、やはりメットの大舞台を踏む最後の機会だな、という感じ。

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ジンカ・ミラノフ・アリア集、神よ平和を与え給え、私は死ぬ、フリーダー・ワイスマン指揮、RCAビクター管弦楽団、1945-58
これはミラノフの集大成というべきもので、出始めは心地よく響きますが、あとは良く分らない感じです。

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アントニエッタ・ステルラ、アリア集、1956、神よ平和を与え給え
ステルラの声が意外なほどしっかり響きます、その上にヴァリエーションがつくので、尤もらしく響きます。ステルラもこのように時間をかけてゆっくり聴くと別の味ワイ。

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レイラ・ジェンサー、神よ平和を与え給え、実況録音、1957、
ジェンザーは鋭い声で全体を澄ませています。やや録音が古いため、不幸だとは思うのですが。

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アニタ・チェルケッティ、神よ平和を与え給え、1950-1960s、LS5435156、
チェルケッティは声を強弱させて音程を選んでいる様です。あれで音程そのものがしっかりしていれば良いのですが。

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エレーナ・スリオーティス、神よ平和を与え給え、シルヴィオ・ヴァルヴィゾ指揮、ローマ響、446 405-2, 英デッカ
ここではスリオーティスは安定し切った音程を響かせます。デッカは上手く行けばこれの次には「運命の力」をスリオーティスに歌わせたいと考えたでしょうが、歴史の時計は戻りません。

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片岡啓子、神よ我に平和を与え給え、やっとここまで来られた、1993年6月録音、モンテカルロ・コングレス、センター録音
これは片岡は独得の歌唱法で粉しているがこれで世界に伍して行けるかどうかは微妙なところです。堂々としているのは合格ですが、声以外に拾う物がどれだけあるか、はやや疑問。でもそれはテバルディと比較したら、というレベルの話ですから、日本人がここまで出来たのはすばらしいと考えます。

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渋谷で輸入ミュージカル「ヘアー」を見ました。感想は言うに及ばす。あの必死に鳴るロック楽器の音楽、そして合唱、本当に我々は恐ろしい時代に生きているんだ、と思いました。しかも劇の展開する場所がどうもニューヨークのフラッシングらしい。懐かしいフラッシングだけどあの当時(約30年前)周辺からはどんな目で見られていた所だろうと思いました。「フラッシング!」という叫びは私が持っているCDからは聴こえません。演目が新しく付け加えられたのか、あるいは何かあったのか?と思っております。
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千葉のF高










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