ヴェルディの歌劇
ヴェルディ歌劇の周辺
ヴェルディの歌劇を支える様々な音楽をまとめてみます。ヴェルディは生涯に26曲のオペラを作曲しました。作曲順にすべてを網羅すれば良いのですが、それは無理。そこで重要と思われる曲のみを並べることにすると、最初の曲は「オベルト」そして「一日だけの王様」、「ナブッコ」、「十字軍のロンバルディア人達」、「エルナー二」、「二人のフォスカリ」、「ジョヴァンナ・ダルコ」、「アルツイーラ」、「アッティラ」、「マクベス」、「群盗」、「海賊」、「レニャーノの戦い」、「ルイザ・ミラー」、「スティッフェリオ」、「リゴレット」、「イル・トロヴァトーレ」、「椿姫」、「シチリア島の夕べの祈り」、「シモン・ボッカネグラ」、「仮面舞踏会」、「運命の力」、「ドン・カルロ」、「アイーダ」、「オテロ」、「ファルスタッフ」。そして最初の作品「オベルト」は1839年。最後の作品は「ファルスタッフ」1893年です。

そして、それらの中に「椿姫」がありますが、その録音たるや玉石混淆であり、年代も新旧混ざっています。それに起因する多くの混乱を避けるため、ここでは改めてシャッフルし直して選ぶことにします。私が「椿姫」と結びついたのは1958年でした。私が中学生になったとき、ソプラノの世界はマリア・カラス、レナータ・テバルディ、ジンカ・ミラノフの3名が「けん」を競っていました。同様にワーグナーの世界でもキルステン・フラグスタートが最後の輝きを照らしておりましたし、またアストリード・ヴァルナイも謹厳な響きをもたらし、ビルギット・ニルソンも新しい響きをもたらしつつありました。そしてもっと古い人たち、ローザ・ポンセルもまだ元気でした。ここで私が挙げた人々、カラス、テバルディ、フラグスタートという人々は本当に輝かしい時代を築いていたと言えます(私はその中で息をしていただけ)。そしてオーディオ技術の発達のおかげでそれらの人々は逞しい声を披露していました。さらに古い歌手たちの声、メルバやテトラツイー二の声はなるほど立派なものだったろうと思われますが、あいにく現代のすばらしい録音と比較すると余りに古い音であり、それらは楽しむというより骨董品をめでるような所があります。

各種の椿姫(少し歌の範囲を狭めて)
(1)レナータ・スコット

プリマドンナ・オペラとしての「椿姫」を尊重しようとする時、必ず登場するのがレナータ・スコットです。スコットの声はあくまで柔らかく、それを常に保とうとしているのが分かります。実際に柔らかくないヴィオレッタの声って何だろうと思わされます。指揮者ムーティにより歌の繰り返しはすべて繰り返されますが、アルフレードやジェルモンの歌は繰り返す必要がないことを確信しました。スコットは相変わらず最高音を出すのを避けていますが、それは椿姫として出す必要がない訳も分かります。

(2)ローザンナ・カルテリ
カルテリは一時期カラスに匹敵すると騒がれましたが、あっという間に舞台から消えました。これは失礼かも知れませんが、カルテリの雰囲気のためかも知れません。どこにでも見つかるオバさんです。ただし、ここで描かれた、化粧台や窓サイズなどの舞台装置は、私の好みにぴったりです。これがゼッフィレルリの演出(ストラータス出演)ですとトリアノン離宮そのものが出てきたりするのですが、ふと立ち止まってしまうことが時々あります。フローラの館の狭い居間をリアルに描こうとすると、狭い廊下など押し合いへし合い状態があからさまになってしまう。そもそもフローラの館なんてものは、館と呼ぶのが精一杯のところでしょう。カルテリは1箇所をのぞいて十分な音域を持っていますし、原作に最も近いところを描いている感じです。

(3)アンナ・モッフォ
長い時間を経て、ようやくモッフォの名前が出てきます。モッフォはあい変わらず美しいのですが、それが聴く者の耳を捉えて真実味を感じさせるかどうかは別問題。あらゆるポーズが彼女の美しさを際立たせています。反面、美しくない成分を如何に表すかという問題意識は、決定的にモッフォに欠けています。椿姫の職業、ヴィオレッタという女性についてそのような点を無視すると嘘っぽくなります。椿姫というキャラクターを考える限り、そう考えるのは正当です。

(4)ビヴァリー・シルズ
ビヴァリー・シルズも登場します。結果的にシルズは最後期になってようやく登場しましたので、それは同情その他諸々を受けて、仕方がないさ、これなら、となります。シルズの描く世界は、色々考え方によりますが、言って見れば精密な模写の世界だろうと考えます。正確な模写。あれに今ひとつ見事な創造性があれば、高い評価を得られたんじゃないかと思うのです。声が衰えているのを百も承知でそれでも最後にある最高音を出していました。これも「シルズの椿姫」というキャラクターを考える際には一つの選択だったと思えます。

(5)テレサ・ストラータス
テレサ・ストラータスは登場した後、それほどのレパートリーを聴かせる歌手ではないだろうと思っていましたが、意外にもグングンとレパートリーは大きくひろがって、本来の分類では収まらない種類の歌手だったと、認識を改めました。少しばかり、考え過ぎでしょうか。いずれまとめて報告したいと思います。

(6)マリア・カラス(1)不滅の椿姫像
カラスのごく初期の録音(1953)で、もちろんこれは正式のスタジオ録音です。それを初めて聴いたのは私が17歳の時ですが、まるで天啓を受けたような気持ちでした。これを冷静に記述することは不可能です。これは私にとっての不滅の「椿姫」です。

(7)マリア・カラス(2)(様々な不満を打ち消す)
カラスの声には磨きがかかりますが、それをレコードから出る音として考えますと、たとえ贅沢な不満が見つかってもなお正しい椿姫像を浮かびあがらせてくれます。

(8)レナータ・テバルディ(1)
ごく初期のテバルディのため、声自体にはあまり不満がありません。というより全曲盤に手を出すのが一瞬ひるんでしまう、というのが本当のところです。ここに示すのは1955年ごろのもの(これから正しく「椿姫」のイメージを汲んで下さい)。

(9)レナータ・テバルディ(2)
もうひとつの古いものと双璧をなします。実際これを聴くと、テバルディの声の全盛期は短かかったけれど、案外その全盛期は良い声をしていたんだな、と思い知ることになります。部分的に聴く限り、と条件がつきますが、印象が良かった部分はやはり懐かしい「テバルディ」です。

(10)レナータ・テバルディ(3)
1957年頃。この頃からテバルディは急激に衰えます。決して安心できないため、録音年月日に注意を払わなければいけません。そのかわり覚悟して聴くと結構うまいのです。

古いレコード・CD集を探って
ここでアリア集を中心として編集するとどうなるかをちょっと考えてみましょう。アリア集というのがくせ者で、それを聴いた時は、時々の条件により、声が素晴らしいと、思うのですが、しかしそれは全曲盤を聴いてみても同じ印象かというと、必ずしもそうでないところがアリア集の不思議です。ただしすべてのアリア集をチェックするのは難しいし、比較には膨大な時間をとります。ここでは中心にヴェルディを置いて比較することにします。

オペラの種類に関わらず各歌手を比較すると
(1)スミ・ジョー、ベルカント・オペラ集
これは歌劇「ファルスタッフ」に挿入された歌(1997年録音)、ERATO 0630-117560-2. ですが、歌劇「ファルスタッフ」中の挿入歌が、歌劇全体の中ではどう印象になるかを示すもの。特出した点はありません。

(2)モンセラ・カバリエ・アリア集
モンセラ・カバリエ、ヴェルディ「群盗」、「海賊」、1974、1978録音、ランベルト・ガルデルリ。これはそのものに傷はありません。その代わり,この種の歌い方で延々と聴かされると飽きてしまいます。

(3)マリア・カラス・イタリア・オペラ・アリア集
不滅のマリア・カラス、TOCE-8644、アリーゴわが心に語れ、シチリア島の夕べの祈り、1964.4録音。これは声が万全というより、効果を狙ってそれらが上手くいった場合にあたります。カラスの歌う他の2つの歌と比較すると、それらの差が分かります。

(4)アニタ・チェルクエッティ・ライブ・リサイタル
シチリア島の夕べの祈り1960.7.(Merce Dicle Amiche Amidiche Amigo Oh ParI a un core)、LS40351566.チェルクエッティは声を細かくふるわしており、それは他のどの曲でもそうですが、上手くいった場合、声は万全という感じです。これを聴くと何故人気があったかが分かります。

(5)エレーナ・スリオーティス・アリア集
ルイザ・ミラー、440-405-2、BA924、A brani、o perdio. オリヴィエロ・デ・ファブリティス指揮ローマ歌劇場管。スリオーティスは強い声で歌っていますが、その中に「力み」が目立つ感じです。

(6)アント二エッタ・ステルラ・ヴェルディ・アリア集 SBT1148、TESTAMENT
シチリア島の夕べの祈り。全体としておとなしい歌で安心して聴けます。つまり色々な冒険等を避けています。声そのものはやや古めかしさがあります。

(7)カラス・コロラトウーラ・アリア集
有り難う愛する友よ、シチリア島の夕べの祈り、1954年、トリオ・セラフィン指揮。これは初期の正規録音ですが、それだけに大人しい。強調したいのですが、カラスの録音から選ぶ場合、稲妻のように通り過ぎるライブ録音のものの方を私は買います。

(8)カラス・ヴェルディ・オペラのヒロイン達
ニコラ・レッシーニョ指揮、1964年2月、カラス・ヴェルディ・アリア集、神よ我に安らぎを与えたまえ、アロルドより。すごい迫力ですが、それは主として「力み」によるものです。

(9)カラス・ヴェルディ・ベルリーニ・アリア集
さあ思い切り泣くが良い、飛び行く雲の中に、アッティラ、ニコラ・レッシーニョ指揮、パリ音楽院管。バックに流れる分散和音が心地よいものですが、特にカラスだからといってこれを探し回ることはないでしょう。

(10)カラス・ヴェルディ・ベルリーニ・アリア集
アリアーゴよ我が心に語れ、シチリア島の夕べの祈り、ニコラ・レッシーニョ指揮、パリ音楽院管。カラスの声に傷が認められるものの、ごく普通の出来映えです。

(11)カラス・ヴェルディ・ベルリーニ・アリア集
おお聖母様天から私をお救いください、十字軍のロンバルディア人より、ニコラ・レッシーニョ指揮、パリ音楽院管、1961年6月録音。これらから特徴的なことは指摘しにくい。ありふれた出来映え。

(12)カラスの遺産より(I)
海賊、あの人は帰ってこない、ニコラ・レッシーニョ指揮、オペラ座管、1964年録音。難しい歌です。カラスは自らの判断ではこれらを市場に出すことにX印を付けたと聞きます。地上にあふれる多くの カラス・ファンの希望に沿うために、自らの意思とは別の判断で世の中に出たものです。

(13)カラスの遺産より(II)
私ほど不幸な女は、ニコラ・レッシーニョ、オペラ座管、1964年録音。バックに流れる分散和音のお陰で持ちこたえています。

(14)カラスの遺産より(III)
海賊、時には牢獄から離れ、 ニコラ・レッシーニョ指揮、オペラ座管1962年録音。美感は薄く、技巧も何とか過ごしたという感じです。

(15)知られざるカラス
十字軍のロンバルディア人、アリーゴああ心に語れ、シチリア島の夕べの祈り、さあ思う存分泣くが良い、ニコラ・レッシーニョ指揮オペラ座管、1969年録音。声の傷をカバーするため、いろいろと工夫していますが、聴き手はカラスに注目しているはずです。

(16)往年のメトロポリタン歌劇場の名歌手たち
ジョン・マッコーマック(燃える想いを1910.3.10)、リゴレット(慕わしき御名、ルイザ・テトラツイー二1911.3.18,1929.5.10)、プロヴァンスの海と陸(メトロポリタン響)。声が古めかしい点と、歌い回しが古めかしい点に少し忍耐が必要です。

私は色々な歌手の椿姫を取り上げましたが、それはここに書いていないジョーン・サザーランドや、ローザ・ポンセルを含め、聴いて無駄になるようなヴィオレッタはありません。このようにして合計で約30種類にのぼる「椿姫」を聴いた結果がこうなった次第。本稿の別項にても「椿姫」について書いておりますので、ご覧ください。

千葉のF高










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