ギネス・ジョーンズの時代  2014.AUG.7

ギネス・ジョーンズというソプラノがどんなタイプのソプラノかは、既に書かれている文献だけからは分かりにくい。声の巨大さは他との比較を絶します。比べるとしたらキルステン・フラグスタートかビルギット・ニルソンくらいしか居ません。

フラグスタートの声が実際に衰えていく様は知っています。それはフラグスタートは何も隠さず、ごまかさずに見せてくれたからです。フラグスタートがEMIの為の「トリスタンとイゾルデ」録音に際し、エリザベート・シュワルツコップの声の助けを貰ったとしても、あの事件の経緯をよくよく考えて見ると意図的な「ごまかし」は存在しなかったこと必定です。今となってみれば、それらは善意で出来たことと信じられる。問題はジョーンズです。実際ジョーンズの声が衰えていった有様を我々は知っておりません。それは、ジョーンズの声は当初から問題を内包していたからです。声のサイズは大きいのですが、その高音部に衰えた声が含まれていたのです。

これがビルギット・ニルソンの場合、そういうことはあっという間に起きたので、時々刻々の衰えは知らないですむのです。アレ、いつ衰えたのだろう、というところ。ニルソンが最後にメットで歌った時の録音がしっかり残っていますが、すんなりと聴こえますし、映像もしっかりとしています。これがメットの舞台に対するニルソンの別れでした。ニルソンの死後、自伝が出たので早速それを買ってみたら、あちこちに実名入りであの歌手はああこの歌手はこうだった、とまるで週刊誌のごとく書かれており、ややがっかりしました。レコードではリュウ役のテバルディがトウーランドット役のニルソンと共演していますが、そこでもニルソンはやや辛口の印象記を残しています。

ビルギット・ニルソンからは抗議の電報が届くかも知れませんが、ニルソンの出す音はシャープ気味(上がり気味)ではないかと考えております。私がニルソンを完全には信じないのは、ある時の「イゾルデの愛の死」の音の調節の失敗、が余りにショッキングだったからです。勿論そういうことは誰でも同じ感じ方をする訳ではなく、たまたま同じ演奏会を聴いた△先生は私の経験とは別の感想を述べていました。


ジョーンズは声の大きさは十分なので、声でカバーし得る場合はどうでもなります。私がジョーンズに接した最後の機会はプッチーニの「トウーランドット」ですが、その旋律は朗々と歌わなければなりません。音を切り替える際も同じです。それは声楽家にとって少し厄介です。声が万全でないと多くの欠点が出てしまいます。決して嫌いではない可哀想なジョーンズ。ジョーンズを主役として聴いた数から演じた役柄、イゾルデ、ブリュンヒルデ、ジークリンデ、そして公爵夫人(薔薇の騎士)、それにトウーランドット。一つの声(キャラクタ)でこれだけ聴いたソプラノは、私にとってもまれです。

そもそも私がジョーンズを初めて聴いたのは学生時代ですが、デッカの新人売り出しにジョーンズはドラマティック・ソプラノとして紹介されました。同じ頃ギリシャのエレーナ・スリオーティスがもう少し喉を弱めたソプラノ(これがソプラノでは最も数が多い)で出ておりました。さらにもっと弱いソプラノとして、ピラール・ローレンガーが居ました。私自身は、ジョーンズはやや声がはっきりしないタイプ、ローレンガーは声のビブラートが過剰についた妙な声の持ち主として記憶しています。後にローレンガーはビブラートを克服したようで、ゲオルク・ショルティ盤のパミーナを絶妙のピアニシモで聴かせてくれました。

当時はそれ以外にモンセラート・カバリエが絶妙なピアニシモを武器にしていましたし、イタリア・オペラはスリオーティスとカバリエで埋め尽くされそうな様子でした。またミレルラ・フレー二が活躍し始めていました。フレー二は声がやや弱く、ヤング・テバルディと言われていましたが、彼女の歌のスタイルを考えると、もう少し後で評価しようと考えていました。フレー二のレコードも買ってみましたが、余り刺激的でない声が響いてきました(私は刺激的でドスの効いた声が好き)。フレー二より少し古いのですが、レナータ・スコットも上手く歌っていました。後にドラマティック・ソプラノへ転身を試みた彼女は、ますます上手くなりました。

レイラ・ジェンサー

もう一人、トルコ人のレイラ・ジェンサーの歌のレパートリーの広さには驚かされました。トルコ人という一見変わった歌手で聴くベルカントオペラ、というわけですが、これは結構楽しめます。何でも歌える万能細胞の喉(マリア・カラスのような)を探しても見あたるはずがないので、ここではその限界を承知していれば良いのです。ジェンサーの演技力を愉しみつつ聴けば良いのです。すくなくとも私は×○先生みたいに,ジェンサーを玄関の中に入れないという態度は取りたくない。恐らくスカラ座でジェンサーが歌った場合、すごい拍手だっただろうと思うのです。にも関わらず、ジェンサー?ダメだよ、あんな歌手、と切り捨てるのはもったいない。×○先生だって、あれは売り言葉に買い言葉の応酬で出た表現なのでしょう。

エレーナ・スリオーティス
もし今、彼女の歌う「ノルマ」を聴くためだったら、私は多大な努力を払うだろうと思います。彼女が日本でデビューしたのは1971年と記憶していますが,調子が悪くて散々な出来映えでした。わたしはその切符を入手するために長い行列に並んだのですが、あっという間に「売り切れ」。というわけで、最初で最後のスリオーティスの「ノルマ」を生で聴く機会を失ってしまったのです。友人の一人がラジオからテープにとって置いて呉れ、そのテープを今も持っています。私は当時は「ノルマ」なんて良く知らなかったので、改めてまずカラスのEMI録音のステレオ盤LPセット(これは数年前からに持っていました)を聞き直したものです。さてテープを目の前において「ノルマ」を狂ったように聴きまくりました。また当時ラジオで実況放送をリアルタイムで流したので、私は「ノルマ」をほとんど暗記しました。そして12回目には曲全体を確信しました。

さてジョーンズですが彼女が花々しいデビューを飾ったかと言えば、少し別の問題があるようです。そのうち、ジョーンズの本性が分かってきました。すなわち大きな音を出す役柄、つまりリヒャルト・シュトラウスやリヒャルト・ワーグナーの大役にしぼれば向う所無敵です。

フィオレンツア・コソット
この「ノルマ」の主役(スリオーティス)は何というか、聴き手が逃げ出したくなるほどの、悪い出来映えでした。高音部がまるで出ず、汚い声だったからですが、逆にこの時のアダルジーザは絶好調のフィオレンツア・コソット(メゾソプラノ)です。スリオーティスの方は風邪を引いているのは明らかで、それでも、スリオーティスはその「ノルマ」を最後まで歌い通すぞ、と意思を示しました。ブラーヴァ。アダルジーザには絶好調のコソットが担当しましたが、コソットには若さがあり、ノシてやる!という野心に満ちていました。大変素晴らしい出来映えでしたが、そこにはホンのチョッと音量を下げてやるとか、その種の気遣いはありません。重タンクで万物を押し倒しつつ突き進んだのですが、さすがに約30年経ると、コソットも声がなくなり、その状況の中でかろうじて怨敵を歌おうとしてもアズチェーナ(トロヴァトーレ)等を歌うには聴くに耐えない悪声になってしまいました。それでもプリマ・ドンナの誇りを示す態度は相変わらずでした。スリオーティスという名のソプラノは大変不幸な結末でしたが、その名前はしっかりと刻み込まれました。しかし、余りに衰えた歌手を招聘するのは考えものです。

かくして色々新しい歌手の登場があったのですが、それぞれ適当なところに指定席を得て行きましたが、エレーナ・スリオーティスだけは驚くべき早さをもって凋落しました。この東京の不調ぶりからあとは二度とスカラ座には主役では出ていません。レコードの方は取り込み録音のお陰で幾つかで出ましたが、そもそもまともにレビュウされない。この時代をまとめて地殻大変動時代と名付けましょう。この時代をしっかりと乗り越えたのはニルソン、ジョーンズ、カバリエ、ジェンサーの4名です。

ジョーン・サザーランド
ここまでジョーン・サザーランドの名前が欠けていることに気がつかれたと思います。サザーランドは勃興が早く、その代わり凋落の早さもすごかったのです。それでも忠実なファンは彼女の歌を楽しみ続けました。固定客というのは、ありがたいことです。私もサザーランドが嫌いではありません。

彼女の歌にはどこか妖精のような雰囲気があります。どこか薄暗い城の中で、ほのかな息づかいで歌われる弱々しい歌はそういう雰囲気を備えています。ああいう歌はサザーランドにしかないものです。私がその雰囲気を楽しんでいられたのは1970-1980年代まででした(1960年代のものは、今はもっと聴きたいと考えています)。ああしんどいな、ということです。海賊盤だと良いのですが、スタジオ盤はがっかりすること多し。マーケッティングが上手くないのかな、と考えます。どうしてああいう古い倉庫にあった楽譜のレコードを復活しなければならないのでしょうか。アンソロジーとしてではなく、もっと今日聴けるオペラを、彼女の声で聴きたかった。こういうところに書く場合は、ネガティブな表現しか取れないのです。私の本心はどちら?


千葉のF高










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