モノローグ(258)〜(262) カラスの短い活動   (2014.11.17)

258懸命だった最初期の「ノルマ」

カラスが絶頂期へ向かって猛烈にダッシュしていた時期の「ノルマ」公演(1949年ブエノスアイレス・ガラ公演)と、カラスも不調の時があるんだ、ということを世の中に知らしめた「ノルマ」の公演(1958年ローマ)を並べて比較してみましょう。両者は僅かに9年間しか離れていません。その短い時間でカラスは2種類の気分を味わったのです。1949年にはカラスはまだ太っており、声はど〜んと来いという構えです。そして自分が一向に批評家にも大衆にも注目されず、例えこの公演の様に直接歌劇場へ足を運んだ人々には分かって貰えても、そうでない人々からは無視され続けたのでした。

こういうことは今日でも色々とあるのでは無いでしょうか。私が聴いて感心した歌手でもまだイタリアでは新人、と言われていたソプラノを知っています(ただし本人は何でもドラマティックに歌い過ぎていて、もう少し柔らかく膨らませないとまずい、と感じたのは事実)。才能のある新人はゴロゴロしているから、突然の代役といった不測の要因で、たまたま表舞台を踏んだという幸福な人もいるわけです。有力なトレーナーとか、真に力のある伴奏指揮者等が欲しいわけです。カラスの場合その役を演じたのはトウリオ・セラフィンです。セラフィンが膨大なバックグラウンドを持っている事は明らかですが、たまたまそこで実際に録音できたり、実際に舞台に押し出したりしてくれたからこそ、成功したのでしょう。

259 「ノルマ」公演の打ち切り

他方、彼女がローマ歌劇場で大騒ぎを起こした時の、「ノルマ」の実況版も聴いてみましょう。但しカラスがその場を外した2幕以降は欠けています。「ノルマ」第一幕だけの全曲です。決してカラスはそれほどまずい歌唱ではなかったと思えるのです。高い音も実際にちゃんと出ています。ただ声楽家本人の耳と意思では、それは不満足な物だったのでしょう。現実の世界ではあれだけ歌えていれば、これ幸いと最後まで歌ってしまう人もいると思います。カラスはそうでなく、満足できなかったからダメ出しをしました。

この公演は大統領を迎えたお祭り公演だった上、劇場には代役の用意がありませんでした。そのため法的な問題が起きましたが、裁判の結果、カラスの勝利でこの幕は終わり。ただしカラスは二度とローマ歌劇場には出演していません。カラスはこの後パリ・オペラ座とギリシャのエピダウルス劇場を除いて「ノルマ」は歌っていません。パリ公演の出来映えに付いては色々書かれていますが、たとえカラスがそれを柔らかく歌うことで、深みを増したとしても、本当の所は、カラスはどんな場合でも歌えば世界最高の歌姫,という訳ではありませんでした。すでに過去の栄光に包まれたオマージェとして生命を保っていたのです。

260 もう一つのトラブル

カラスと言えばもう一つあるのが、「椿姫」の録音を巡ってカラスと指揮者セラフィンの間で葛藤があったことです。カラスの演奏記録や録音記録を見れば明らかなのですが、1955年から1959年の「ランメルムーアのルチア」の録音まで、全くセラフィン=カラスの共同作業が見られないのです。唯一の例外がケルビーニの「メデア」でした。1955年にセラフィンがまだ20代前半のアント二エッタ・ステルラをヴィオレッタ役に用いて「椿姫」を録音しました。そしてそのことが問題になってカラスはセラフィンを非難しました。もうこの指揮者による、あらゆるオーケストラの伴奏を拒否する、というのです。もちろんセラフィンにはセラフィンの論理があって、EMIとの契約でどうにもならない(今日の専属関係と違って、想像を上回るものでした)と言う事でしたが、結果的にスカラ座ベストメンバーによるカラス=ヴィオレッタの録音は夢と消えました。その結果、現在ではカラス=ヴィオレッタを標榜する録音は全て海賊盤です(でした)。

これにはもっと工夫すれば良かったのに、と思う次第です。それでもカラスは1953年に、イタリアのチェトラ社と契約を結び、ガブリエーレ・サンティーニ指揮で「椿姫」の録音を残しました。ただ、それはアルフレード役が弱い上、スカラ座オーケストラを用いたものではなく弱いものです。私自身はそのチェトラ盤の「椿姫」で馴れ初めましたし(そもそもマリア・カラスという歌手との出会いでした)、その表現には素晴らしいものを認めますから、やはりチェトラ録音も有り難いと思います。

とにかくこの1955年からしばらくはカラスのスカラ座録音はありません(前記の1957年「メデア」を除く)。カラスはセラフィンでなく、カラヤンに近づいたりしました。セラフィンという指揮者はカラスの影法師で、本人がスカラ座に登場したのは全歴史で見ても僅かなものでした。スカラ座オーケストラはヴィクトール・デ・サーバタの支配下にあり、またはカルロ・マリア・ジュリーニのものでした。それでも、レコード録音という分野ではセラフィンは大きな存在だったのです。誰しもセラフィン指揮であれば安心して針を落とすことが出来ました。私自身はセラフィンが少しイージーゴーイングな所が無きにしも有らずかも知れない、と感じていましたし、今日ではむしろジュリーニや、米国のニコラ・レッシーニョに魅力を感じています(両人とも既に故人)。特に後者はカラスのトレーニングがいかな物だったか明かにしてくれる貴重なCDを残しています。

261 カラスの復帰

1959年にカラスと和解したセラフィンは、オーケストラの指揮台にこそ復帰しましたが、オーケストラはフィルハーモニア管弦楽団を使っています。世の中全体で、フィルハーモニア管弦楽団の運命は先々どうなるだろう、とウスウスと感じてきた、という背景があります。ちなみに1953年にカラスが「ランメルムーアのルチア」を録音した時のオーケストラはフィレンツエ音楽祭管弦楽団でした。声と技術の両面がバランスよく釣り合っている期間は本当に短いな、と思います。カラスの録音歴を見ると「ノルマ」に始まった演目が「メデア」になり、やがて「トスカ」へと変貌する事が分かりますが、その変化はカラスにとって何を意味するかは傍目にも明らかです。ヴォーカルからセリフへと変貌したのですね。ディクション(発音)がきつくなって行ったわけです。そう考えれば、「ノルマ」から「メデア」へ変化した理由も、また「トスカ」を歌いながら「トスカは好きではなく、稼がせて呉れただけ」と言う感想を漏らしたというのと一貫します。

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262 CDの比較試聴

比較するCDは下記の通りです。
(1)「ノルマ」:カラスが国際的には無名だった時代。そして歌ったのは1949年で、カラスは全くローカルな歌手でした。ブエノスアイレスでのガラ・コンサート実況です。ARPCD 0068-2 (Lucia de Lammermoorの付録:Norma)

まずオーケストラの音がカソケキモノでしたが、それでも往年の海賊盤LPを思い起こせば立派ものでした。ここでは「ノルマ」のうち、第一幕の「カスタ・ディーヴァ」だけがCD化されたのか、それとも他の部分もある事はあったのかは不明です。ほとんど後年カラスが歌った立派な「ノルマ」と比較しても遜色の無いものですが、2カ所ある繰り返しの部分の終わりのところ、そこが2回とも異常に力が入って聴こえました。ああいう音の扱いは、全体に影響すると思います。また実に明瞭なディクションでした。セラフィンが指揮し、ニコラ・ロッシ=レメー二のオロヴェーソ。カラスは太っていた時代でした。この時代のプライヴェート録音に共通な現象として、声は大きく、高音は明快で、聴衆の完成が声を押し上げているような印象がこの「ノルマ」に認められます。その代わり、深く切り込むような努力はまだ見あたりません。

(2)「ノルマ」:カラスが世界的に有名であり、ソロソロくたびれてきたかという時代の「ノルマ」。ここでは1958年ローマ歌劇場で、実際に歌った箇所だけを取り上げています。CD 00151,MITO(MYTO NORMA ACT1)。

ガヴリエーレ・サンティー二の指揮ぶりが,キビキビしていて心地よく、これは名演奏が期待できそうと期待させます。管弦楽の序曲が実に心地よくひびくのです。これなら「椿姫」(サンティーニ指揮でした)だって場合によっては巧く行ったかもしれない、と思った位です。それに急ぐところと、ゆっくりした箇所を明確にしていますので、心地よい。どこがゆっくりした箇所かは、指揮者が長い時間をかけて築いたものですから、そこから各指揮者の力量を探ることが出来ます。サンティーニはその点で申し分ないものでした。アダルジーザを歌うマリアン・ピラッツイー二もなかなか芯のある歌い方で、私の採点簿は○です。長老のオロヴェーソ役のジュリオ・ネッリはまず声自体が頂けなく、ローマで飼い殺しされているバスという感じです。ポリオーネはフランコ・コレルリが歌いますが、コレルリの最も悪い点が現れています。つまり全体に細かいヴィヴラートがかかっていて、しかも音色が私の耳には黄色いプラスティック、という印象を避けられないのです。ポリオーネは力一杯歌うのですが、ノルマに対抗するのは無理です。

そして問題のカラス。これは力強く、正直言って私の耳にはどこがまずいのか分かりません。実に力を巧く配分しています。ある箇所で大きな声、次の瞬間柔らかな声、と変動します。あえて指摘するなら,低い音で歌う部分の音色に、これは練れていないな、と思わせる箇所が見られる(カラスはこの音色のことを問題にして、公演を中止したのかも知れません)ことです。それだって無視することは可能です。カラスだから文句を言うだけ。また全体の印象は1955年のスカラ座やローマ放送の時のテープと比較してみると、声そのものの凄みというか、深々とした声は1955年版の方に多くの聴衆の関心が集まるだろうというところ。カラスは化け物です。なかなか理解するのは難しいのですが、実際に再生装置で聴いてみることから比較は始まるのでしょう。

ここではコレルリのソロや、ピラッツイー二のソロも収録しています。それらが全て終わり、幕が降りる時にアナウンスがあって、「これで中止です」と告げられた観客の怒号、口笛等をこのCDは収録しています。このCDは事故時には観客がいかに騒ぐか,後始末の複雑さと混乱はどんなものかを、よくよく教えて呉れるものとして、
貴重な記録です。

千葉のF高










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