ロッシーニ「アルジェのイタリア女」の最新の比較

天才肌の作曲家を中心に、色々なオペラが生まれています。特にモーツアルト、ロッシーニ、ベルリーニ、ワーグナー、ヴェルディ等が挙げられます。
(この段の文章は毎回繰り返します)

モノローグ(275) ロッシーニが21歳の時の作品 Dec.15,2015  

 

(1)アルジェのイタリア女(1954年、LP、スカラ座) 

イサベラ    ジュリエッタ・シミオナート
ムスターファ  マリオ・ペトリ
リンドーロ   チェザーレ・ヴァレッティ
エルヴィラ グラツイエラ・シュッティ
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮スカラ座管、スタジオ録音

ジュリーニの指揮のテンポが遅めで、その響きはエコーを伴わないやや暗めの印象です。それは聴く者の耳を休めることができます。ここに登場した多くの歌手達の喉も、シミオナート以外は厳格にみればやや劣る部分もある気がしますが、それも些細な事だという印象でした。例えばリンドーロの歌い方は全て滑っていますし、ムスターファの歌い方も滑りがちです。シミオナートにしても、あの独特の響きがやや音の透明感を減らしているような気がします。しかし透明感って必要な要素でしょうか。そう考えてシミオナートを愉しみましょう。そうすればどの音域でも万全な彼女の声は素晴らしい。あのロッシーニ・クレッシェンドの箇所でも、全体を愉しむにはこれで十分です。

 

(2)アルジェのイタリア女(1957年) 

イサベラ    テレサ・ベルガンサ
ムスターファ  マリオ・ペトリ
リンドーロ   アルヴィオ・ミシャーノ
ニーノ・サンツオーニョ指揮イタリア放送管

ベルガンサが若く、当時21歳です。それが歌うのですから興味を持つのは当然。その若き日のベルガンサはこの時すでに出来上がっており、誰にも負けない魅力あるイサベラを演じています。しかしこの時は舞台装置等にまわす金がなく、貧相なガラクタを並べてあるのが残念です。演出の重要さがよく分かっていなかった時代。ですからメークアップもまるで何もしていないようで、イサベラを演じるベルガンサの顔はあらら、と言ったところ。全体として、ベルガンサの歌は完成しています。

 

(3)アルジェのイタリア女(1963年ベルガンサ) 

イサベラ    テレサ・ベルガンサ
ムスターファ  フェルナンド・コレナ
リンドーロ   ルイジ・アルヴァ
ハーリー    パオロ・モンタルソロ
タデオ     ロランド・パネライ
シルヴィア・ヴァルヴィーゾ指揮フィレンツエ音楽祭管

この音に耳を傾けると、ああいい音だな、と思います。品の良いチョッとエコーのかかった地下室で録音したのでは無いでしょうか。これはCDの途中で分かった事ですが、特に低音が強い。今まで色々聴いてきた音とは少し違いますが、とにかくこれは品の良い音でした。そして歌手達はいずれも円熟していますし、引きつった声は探しても、何処にもありません。そしてこれは英国デッカの録音でしたから宜なるかな、というところ。出始めの音でそう感じたのですが、CD盤になるとそれに熱気が加わり、テンポも心もち速くなったようです。ベルガンサの声はさすがほぼ27歳の若々しい声です。途中低音に落とす部分で落とし足りないのでは、と感じた箇所がありました。シミオナートはここでドシンと落としていますが、これは趣味の問題かも知れません。フェルナンド・コレナは恐るべきバスを響かせますし、どこを取っても歌手は問題ありません。テノールのルイジ・アルヴァは1980年代頃に一度ロンドンで聴いた事があり、それが彼のお別れ公演だったという記憶がおぼろげながら有ります。たしかドニゼッティ「愛の妙薬」だったような気がするのですがハッキリしません。全体として「熱気に包まれた」というより、少し英国風の節制を備えた満足感で終わりました。CDとしての完成度が高く、素晴らしいものです。

 

(4)アルジェのイタリア女(1986年1月11日、メット実況) 

イサベラ     マリリン・ホーン
ムスターファ   パオロ・モンタルソロ
リンドーロ    ダグラス・アルステッド
ジェームズ・レヴァイン指揮、メット管、J・P・ポンネル演出

「アルジェのイタリア女」のメット公演を最近DVD化したもの。ただし収録は30年前の古い時代のものです。メットの座席など、大層懐かしく観ました。ここでタイトル・ロールを歌うマリリン・ホーンは声の調子が良く、何処までも切れるトリル満載の技術で乗り切ります。それでいてワタシは高音も出ますのよ、というような高音を途中に挟んでいます。とにかくホーンの声は他を圧していました。唯一それに対抗できるのがモンタルソロ(別編の「シンデレラ」で父親役をした人)ですが、彼はバスを力強く響かせ、場を取っていました。演出は分かりやすく、諧謔味もあってなかなかのもの。開幕早々に難破船のシルエットが海中に沈むというプロットもあり、さっそく観衆の失笑を買っています。パッパタ―チはスパゲッティを食べる(実際にホーンも食べていた)のですが、ホーンは「アルデンテ!」などト書きにない言葉で観衆を愉しませます。もちろんそこに置かれた赤ワインはキャンティ社のワインを思わせるもの。当初ではだれが主役だろう、と思う人がいても不思議ではなかったのですが、終幕に向かうにつれ、明らかにホーンのためのオペラだったことを実感しました。

 

(5)アルジェのイタリア女(1987年、LD録音) 

イサベラ    ドリス・ゾッフェル
ムスターファ  ギュンター・フォン・カネン
リンドーロ   ロバート・ギャンビル
ラルク・ヴァリゲルト指揮シュツットガルト放送管、シュヴェツインゲン
音楽祭実況録音

温泉宿の余興として用意されたイタリア喜歌劇だと考えましょう。万全です。ドイツでは湯に入って体を休めるのは立派な医療周辺行為と見なされ、保健が効くそうです。シュヴェツインゲンという場所に私自身は行ったことがありませんがハンガリーの温泉に行った経験があり、愉しめるところとして想像しています。そしてこの公演は聴く者の耳と目を釘付けにします。まずイザベラを歌うゾッフェルという歌手が素晴らしい。どこでも自在に音を転がせます。演出がまるでジャン・ピエール・ポンネルの演出みたいで愉しめます。敢て言えば、ロバート・キャンベルのリンドーロ役が少し音が滑りがち。でもこの歌手はスマートで、目で楽しむ事ができます。このDVDだけ観れば他は不要とも思えるのですが、それは我々に業があって、もっと歌手を取り替えたらどうなるか興味津々なのです。ロッシーニって楽しいな。

 

(6)アルジェのイタリア女(1987年、スタジオ、抜粋) 

イサベラ    アグネス・バルツア
ムスターファ  ルジェロ・ライモンディ
リンドーロ   フランク・ロバート
エルヴィラ パトリシア・バーチェ
クラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル

これは掛かった途端に飛び込む音の鮮烈さに驚かされました。綺麗。そしてバルツアの声とトリル技術の巧みさも素晴らしい。換声区での音色の変化が著しいのですが、シミオナートでもそれは感じたのと同様に目立ちます。しかし換声区をあげつらって不平を言うのは止めましょう。声だって出ているだけでこれは素晴らしい声です。全体にアバドの指揮はキビキビしていてテンポが速いのです。これはどこでも退屈する事無く愉しめます。これを抜粋盤で聴いていたのは残念。まだ売っているなら全曲盤を手に入れたいと思います。

 

(7)全曲盤ではないもの(録音年月日は不問) 

7-1 コンチータ・スペルヴィア、(1927年録音)
アルジェのイタリア女〜イサベラ(ハーリー)、イサベラ(ムスターファ)、イサベラ(エルヴィラ)、イサベラ(Amici〜)

これを聴いているとまるでエディット・ピアフのシャンソンを聴いているみたいです。細かいヴィヴラートが掛かっていますが、聴く者の耳には先頭の曲はなかなかショッキングで良いと思いました。オキャンな小娘を演じていると思えば良いのかも。

7-2 テレサ・ベルガンサ、(1960年録音)
アルジェのイタリア女〜、むごい運命よ、イサベラ((Amici〜)

あくまで端正な調子で歌っていて、どこを取っても傷がありません。ただそれが全曲となった場合、ひょっとすると退屈さにつながる恐れもあります。これは、うがった考えです。

7-3 マリリン・ホーン、(1965年録音)
アルジェのイタリア女〜、むごい運命よ、イサベラ(Amici〜)

全ての曲に渡って中々巧く歌えています。中音域の厚い箇所もクリアですし、他の録音と比して、この録音に共感を得ました。ただ、これを採用するかと言われると、チョッとひるみます。

7-4 メトロポリタン歌劇場100周年演奏会(1983年録音)
アルジェのイタリア女〜パッパターチの6重唱、ジェームズ・レヴァイン指揮。

ここには多くの歌手が参加しており、このCDでこの有名な6重唱に親しんだ人も多いと思います。全体に大人しく、特出したものとは言えませんが、それでも楽しく聴く事ができます。セスト・ブルスカンティーニ、エッダ・モーザー等が参加。ダイアン・ケスリングの歌うイザベラは声が小さい印象。全身を揺すって表現しようとしています。

7-5 マリリン・ホーン、(1984 年録音)
アルジェのイタリア女〜むごい運命よ、イサベラ(エルヴィラ)、イサベラ(Amici〜)

前回よりこの方が新しいためか、それともスタジオ録音でデッカというタイトルを背負っているためか、この方がテンポが遅く、堂々と響きます。そして装飾音もこの方が盛んでした。こういうスタイルはアリア集とか単独で歌う場合は認められると思いますが、全曲盤としてはためらいはさらに増します。

7-6 チェチーリア・バルトリ、(1988年録音)
アルジェのイタリア女〜むごい運命よ、イサベラ(Amici〜)

バルトリ個人をどう思うかですが、テクニックは問題有りません。声の配分等の工夫も問題なし。あるのは、バルトリに時として感じる「見せびらかし」の部分です。それは決して悪い事ではないし、巧ければそれでOKなのですが、なお私がこれを聴いていて疑問から自由にはなれませんでした。

7-7 ルチア・ヴァレンティーニ、(1995年録音)
アルジェのイタリア女〜イサベラ(Amici〜)

これを聴き始めて、思わずオヤと思いました。大変巧いのです。ホーンやバルトリで感じたよけいな誇示部分がなく、またベルガンサのような、全てを中庸の美学で統一して安心して聴けるけれど何か物足りないという部分が、このヴァレンティーニには無いのです。そう思うと、ヴァレンティーニの早死は惜しまれます。理想的だったかも知れないイサベラ役を失いました。

 

管弦楽類    

「泥棒かささぎ」序曲
「チェネレントラ」序曲
「セミラーミデ」序曲
「セビリアの理髪師」序曲
「アルジェのイタリア女」序曲
「ウイリアム・テル」序曲
アルトウーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団、1945〜1953年

これはトスカニーニによる録音をまとめたものですが、いずれにせよトスカニーニならテンポ、曲想などあらゆる点で大丈夫だろうと考え、これを書店で購入しました。当初1680円したのに、購入時には300円に値下がりしていたのです。画像はオーケストラではなく、イタリア等にあるロッシーニゆかりの地でした。まず始めの「泥棒かささぎ」の景気の良いリズム感に満ちた音楽に満足します。これこそトスカニーニだと思えるものでした。作られた順番から言えば「アルジェのイタリア女」がくるのでしょうが、ここでは敢て「チェネレントラ」に変わっています。私はこれは正解だと思います。「チェネレントラ」の方が音楽が円熟していると考えたためです。最後の「ウイリアム・テル」は小学生時代に運動会等でさんざん聴かされてきましたが、ここに流れる音楽を聴いているとホッとする笑顔が浮かびます。

 

「アルジェのイタリア女」公演を3ヶ月差で比較

この「アルジェのイタリア女」に関しては、1986年の春にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で観ており、その時の記録がこの「音楽のすすめ」に掲載してあります。それを以下にお示しします。この実際の舞台と、文章による批評で聴いた音楽は、間が3ヶ月だけずれていますが、ほぼ同一時期です。

(1986年4月23日)
夜8時、再びメトロポリタン・オペラへ行く。今晩の出し物はロッシーニの「アルジェのイタリア女」。レヴァイン指揮、ゲイル・ダビンバウムのイサベラ、アラ・バーバリアン(何という名前!)のムスターファ、ポンネル演出である。喜劇であるために大変楽しい演出であり、軽やかな音楽である。オペラの一面である娯楽性がくっきりと出ている。ダビンバウムは特別に感銘を受けるような歌手では無かったが、十分にチャーミングなメゾ・ソプラノであった。そういえばフランス人はソプラノよりメゾ・ソプラノを好むと言うが、一度その心理分析をしてみる必要がある。有名なフランス・オペラは殆どメゾ・ソプラノを主役としている。カルメン、ミニヨン、サムソンとデリラ、ウェルテルその他諸々。
いや今晩はイタリア・オペラであった。ムスターファ役は喜劇的要素を十分に生かした歌唱で、これも面白かった。イカサマのパッパターチの場面で、ムスターファが食べるのはスパゲッティで、エルヴィラがチーズをおろしたのを振り掛けていた。始めて観たオペラ演目だが、これはおすすめ。座席は「カルメン」の晩の時の僕の席を舞台をみて右側に移したような配置で、舞台から奥に向かって3分の2。これが35ドルとはお得だったと思う。なじみのファミリー・サークルにも登ってみた。

 

千葉のF高












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