ロッシーニのオペラの最新の比較

モノローグ(279) ロッシーニのオペラの最新の比較 Apri.15,2016  

ロッシーニは「アルジェのイタリア女」、「セヴィリアの理髪師」、「シンデレラ」の3作が有名ですが、それ以外にも「イタリアのトルコ人」、「アルミーダ」、「セミラーミデ」、「ランスへの旅」等があります。それらを作曲順に並べてみます。

(1)「イタリアのトルコ人」(1954年録音、ロッシーニ)

フィオリッラ マリア・カラス
セリムニコラ・ロッシ・レメーニ
ドン・ナルチーノ ニコライ・ゲッタ
サイーダ ヨランダ・ガルティーニ
ドン・ジェロー二モ   フランコ・カラプレーゼ
詩人 マリアーノ・スタービレ
アルバザール ピエロ・デ・パルマ
ジャナンドラ・ガヴァツエーニ指揮、スカラ座管

昔は「イタリアのトルコ人」なんて滅多に入手できなかったのです。これは短縮版ですが、立派なキャスティングです。さすがEMI正規録音は違うと思い知らされます。歌手ではロッシ・レメーニの軽妙なアジリタに関心しました。またマリア・カラスは長く引っ張ったフレーズで巧みさを聴かせます。彼女のコロラトウーラは、言って見ればカマトト風(彼女の歌う蝶々さんがソレと同類)で、それが気になる人は少々たのしむ要素が減じます。でも、それが軽妙なフレージングに乗せられると、うっとりしますよ。ザイーダ役のガルティーニはやや年を取って聴こえますが、カラスとの対比を考えると適しています。そしてナルチーソ役のニコライ・ゲッタは相変わらずの美声。そして何よりここでいいたいのは、「イタリアのトルコ人」というオペラには、様々なバーションがあり、どれを使用したのかを知っておく必要がある事です。つまりカラス盤は、大きな省略があり、全体で103分強ですが、画像付きのものは何と162分と長いのです。正直言って「イタリアのトルコ人」を聴こうと言う際は、やはり長さも考慮した方が良いかな、と私は思います。

 

(2)「イタリアのトルコ人」(2009年録音、ロッシーニ) 

フィオリッラ ミルト・パパタナシウ
セリム シモーネ・アラーイモ
ドン・ナルチーソ アントニーノ・シラクーサ
サイーダ アントネッラ・ナッパ
ドン・ジェロー二モ  ブルーノ・デ・シモーネ
詩人 ヴィンツェンツオ・タオルミーナ
アルバザール フェデリーコ・レプレ

ヨナタン・ウエブ指揮、テアトロ・カルロ・フェリーチェ管

これは省略が少なく、合計162分もあったので大変でした。この「イタリアのトルコ人」はニューヨークでビヴァリー・シルズが演じるのを観ことがあります。古い時代のオペラを今日の舞台に掛けようとすると、しばしば繰り返しをカットしたり、場合によってはある場を丸ごとカットしたりしますが、それは色々な理由があったのですね。ここではギリシャ産のパパタナシウがフィオリッラを歌っています。そのパパタナシウは近頃では様々な役柄を歌っていることは知られていますから、それを聴く事は楽しみでもありました。ところが彼女の声が小さい気がします。その上フィオリトウーラの技術が甘く、あまりトリルが震えません。演出などは成功していると思いましたが、歌がチョッと甘いのが全員に言えます。決して下手では有りませんが、だからと言って今をときめく歌と言うわけでも無かったのです。あの舞台であぶら気に満ちた声の競演を聴けたらと思います。でも色々な舞台変換とか、時間を省略できるところを巧くカットしていたし、その努力は明らかです。背の高さがマチマチで、それがフィナーレの箇所でズラッと並ぶと、おかしく、これはわざとしたのかなあ、と思いました。音楽に付いて言うと、ニューヨークで聴いた時のロッシーニ・クレッシェンドは、確かにこういう風だった、と言う事を思い出しました。

 

(3)「アルミーダ」 (1952年4月26日、実況) 

アルミーダ マリア・カラス
リナルド フランチェスコ・アルバネーゼ
ジェルナンド マリオ・フィリペスキ

トウリオ・セラフィン指揮 フィレンツエ5月祭管、フィレンツエ

先ず言っておかないとフェアでないと思う点を述べます。つまり物理的に音が悪いのです。昔イタリアのMRF社から大量の海賊盤が出回ったのを覚えていますが、あの感じです。そしてさらに音が悪い箇所では、風呂場で歌ったみたいに声が朦朧と響きます。それでもカラスを聴きたい人だったら許せるでしょう?その限りでの話ですが、これは凄い出来映えです。カラスは29歳で、太っていた時代。だから声は自在に出ます.最初の幕からして複雑なコロラトウーラを楽々と歌っています。第一幕最後のところは、ちょっとだけ力が続かない感じもしましが、後半にある各幕の最後は凄い。重爆撃機の攻撃みたいに凄い声です。セラフィンもカラスが有ってこそ満足した事でしょう。他の歌手にはカラスの代役なぞ考える気もありません。他の歌手達がどう歌ってもあまり影響がないと思います。そしてこの曲に関してはロッシーニは音楽の切れ目無しにどんどん進んでいった、と言う印象でした。最後のシーンを聴いた時、ロッシーニの血が大いに騒いだと信じます。

 

(4)「セミラーミデ」(1965/66年録音、ロッシーニ) 

セミラーミデ ジョーン・サザーランド
アルサーチェ マリリン・ホーン
アッスール ヨゼフ・ルロー
イドレーノ  ジョン・セルジ

リチャード・ボニング指揮 ロンドン響

サザーランドの「セミラーミデ」です。これはサザーランドが声に不安無く、どんな高音でも出してみよう、としていた頃のものですから、聴いていても不安がありません。ただ全曲を聴いて得た印象は、やはりサザーランドとホーンの為の録音だな、という事です。サザーランドはここでは引きずるような声を出しておりませんし、アタックはアタックという姿勢を取っているのが好ましい。そしてホーンは本当にコロラトウーラが巧い。本物です。音色が暗いので時として男声かと思う瞬間があります。この二人が巧ければ、あとはどうでもなるものですが、時間の長さが問題です。やはりこの内容でこの時間というのは長過ぎるのではないでしょうか。もしさらに削って、必要でない役柄をカットするとかすれば、とも思いました。

 

(5)「セミラーミデ」(2011年1月録画、ロッシーニ 

セミラーミデ ミルト・パパタナシウ
アルサーチェ アン・ハレンベリ
アッスール ヨゼフ・ワーグナー
イドレーノ ロベルト・マックフェルソン

アルベルト・ゼッダ指揮 フランダース響 238分

またしてもパパタナシウです。「イタリアのトルコ人」で聴かせた声を、今度は「セミラーミデ」ではどうするかという比較です。最初に録画時間が238分というのが目に止まります。まるでワーグナー!画像があるのは有り難いけれど、全体としてこの舞台のプロダクションは余り好きでは有りません。指揮者は言ってみれば音にカドがないのです。全体に音はうまく採れていません。パパタナシウの女王役はまずまずでした。少なくとも各歌の始めの部分では魅力的な音色をしています。メゾ・ソプラノの声は全体としては聴き易いのですが、顔を見て、15歳以上という設定からは分からなくなります。他のキャストは余り感心しませんでした。それでもこの二人の重唱の部分は繰り返して聴きたくなりました。この曲は昔学生時代にサザーランドとホーンの2重唱で楽しみました。このDVDでこの曲に親しもうとする方は、始めにストーリーをシッカリ頭に叩きこんでから聴かないと混乱します。何といっても長過ぎるのでは!

 

(6)「ランスへの旅」(1984年ペーザロのロッシーニ祭実況) 
コリンナ セシリア・ガスティア
メリベーア侯爵夫人 ルチア・ヴァレンティー二・テラー二
フォルヴィル伯爵夫人   レイラ・クーベッリ
コルテーゼ夫人 カーティア・リッチャレルリ
騎士ベルフォール エルアルト・ヒメネス
リーベンスコフ伯爵 フランシスコ・アライザ
シドニー卿 サミュエル・レイミー
ドン・プロフォンド ルジェロ・ライモンディ
トロム・ボノク男爵 エンツオ・ダーラ
ドン・アルヴァーロ レオ・ヌッチ

クラウディオ・アバード指揮、ヨーロッパ室内管

これが出た当時はあらゆるレコード各賞をさらったものです。指揮者アバドは現在これに加えてもう一つ「ランスへの旅」を吹き込んでいます。但し私が持っているのはこれと、次にあるゲルギエーフ指揮のDVD盤の2セットのみです。しかし2組の「ランスへの旅」を聴き比べて、大体の所は分かりました。いずも優れた品でした。ここではキャスティングが贅沢で、女性陣ではヴァレンティーニを始め、ガスティア、リッチャレルリ、クーベッリ、そして男性陣にヒメネス、アライザ、ライモンディ、ダーラ、ヌッチ、レイミーと豪華なもの。厳しく聴いた時、何れの歌手も精一杯の努力をしており、まずい箇所は見あたりません。特に優れているのがヴァレンティーニでした。本当にあぜんとする程巧い。但しリッチャレルリなどはその巧さは予めある程度予測した範囲内でした。アライザとレイミーも期待したほどの巧さでは無かったのですが、それは贅沢。

全体的に見てこの盤の方が皆のプロポーションが良く、声は練れています。しかしそれでもゲルギエフ指揮の盤も立派なものです。もともと「シャルル10世の戴冠式という特定のイベントのための音楽」だったにせよ、このDVDは買って良かったと思います。ベルリーニ「ノルマ」の初演を飾ったかのジュディッタ・パスタがコリンナ役を初演しています。全曲の自筆譜は残っていません。そしてロッシーニが死んだのは明治元年でした。フォルヴィル伯爵夫人を介抱する場面がありますが、そのバックグラウンドに流れる管弦楽を注意深く聴けば、モーツアルト、ハイドン、ベートーベン、バッハと変化しており、例えばモーツアルトにはトルコ行進曲を、バッハの場合はバックにトッカータとフーガ・ニ短調がチラッと流れます。そしてベートーベンは運命交響曲が取り上げられました。これらはこのCDのみの引用でした。またロッシーニ「セヴィリアの理髪師」で伯爵が酔っぱらったフリをする場面がありますが、その背景の音楽もさり気なくここに取り入れています。本当にさり気なく。自分でも偶然にそれが分かった次第。

 

(7)「ランスへの旅」(2005年パリ・シャトレ座実況録画) 
コリンナ イルマ・キゴラシヴィリ
メリベーア侯爵夫人 アンナ・キクナーゼ
フォルヴィル伯爵夫人 ラリーサ・ユージナ
コルテーゼ夫人 アナスタスア・ベリャーエワ
騎士ベルフォール ドミトリー・ヴォロパエフ
リーベンスコフ伯爵 ダニール・シトーザ
シドニー卿 エドウアルト・ツアンガ
ドン・プロフォンド ニコライ・カメンスキー
トロム・ボノク男爵 ウラシスラフ・ウスベンスキー
ドン・アルヴァーロ アレクセイ・サフィユーリン

ワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管

これはパリ・シャトレ座に於いてマリインスキー劇場のメンバーによる公演を記録したものです。驚きました。キャストが皆十分な声を持っています。特に女性陣が立派で、男性陣もテノールは立派なものでした。このDVD購入に当たっては、散々悩んだものです。ロシア人にロッシーニなんて可能だろうか、と大変失礼なことを考えたからです。それは誤りでした。あのイキイキした声を聴かされ、目を釘付けにされたものです。これだけ新鮮な驚きは滅多にあるものでは有りません。考えてみれば、2005年の録画ですから、10年前のものです。それを意識しないで聴きました。今後色々な新盤が出てくるでしょうが、心していないと過ちを犯します。強く自戒。劇場は満席状態でのビデオ取りですが、それは準備状況から始まり、オーケストラを隠していたカーテンが除かれると、その舞台背景を賞賛する拍手が起きます。マッダレーナのちょっとしたやり取りのあと、黄金の百合亭の女将たるコルテーゼ夫人は堂々たる華麗な技巧を聴かせ、それはフォルヴィル伯爵夫人の真に劇場向きの演唱に引き継がれます。アバド指揮盤にみられたモーツアルト等の音楽の引用はこの盤には有りません。

これをみる限り、歌手達皆がオペラに慣れている事が分かり、余計な事を考えなくて良い事がわかります。フォルヴィル伯爵夫人を演じるラリサ・ユージナは音色が殆ど変わらないまま、上下に自由に移しますが、この声のコントロールは立派だと思いました。アンナ・キクナーゼはブルネットの顔も、音色もいかにもメゾ・ソプラノって感じですが、実際彼女は別の曲(アルジェのイタリア女)で別人が歌って居た表情と良く似ていました。誰だっけ?女詩人のコリンナが登場し、ややあぶら気のある歌を歌いますが、正直言ってこの歌だけあぶら気が有りすぎるかもしれません。でも彼女は最後の箇所で歌う歌を巧みにコントロールしていました。男声陣ではリーベンスコフが巧みに高音を響かせていましたが、イタリア仕込みの高音をバンバン出していて、高音を調子に乗って伸ばし過ぎなければ皆成功しています。あとシドニー卿も聴き惚れさせるような美声でした。ふと立ち止まって、この宿屋でいったい何が問題になって行きそびれたのか、等を考えると余り理由が見つからないのです。馬が無い等々は簡単に代替策を嵩じていますし。そしてランスへ行くのを諦め、いざパリへ行って宴会等を楽しもう、と決め、各国の歌を皆々が披露する場面等はゆったりした気分で、心配無しに楽しみました。また舞台構造が面白く、まるで芝居小屋の感じが良く出ています。つまり花道みたいな追加した廊下があって、その上まで歌手達は出て行くところあり。名の知られた歌手を10名揃えるのが大変でしょうが、こういう舞台を再演して欲しいと思います。

 

千葉のF高












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