モノローグ Intermission VII  July.27,2016  

2016年7月27日に劇団俳優座演劇研究所の第26/27期生の中間発表会でシェークスピア「リア王」を観た報告をします。暑い日差しの中を歩く赤坂見附駅から同センターへの道のりは遠く、アゴを出しかけました。ひょっとすると「学芸会」かも知れず、どの程度のものか不安がありました。しかしそれは全くの取り越し苦労。逆に若いが故に、エネルギ?が溢れていて疲れを覚えさせません。やはりこのような公演に、若さは絶対に必要だと確信しました。

劇団俳優座演劇研究所による「リア王」が、昨日ありました。シェークスピアの時代通り、男性を中心とするKing組と、女性を中心とするQueen組があって、私達が観たのは、日時の都合によりそのKing組の公演。

開幕一番は、もの凄い速さで進みます。言葉が不明瞭にならないか、と心配しましたが、それは取り越し苦労。ゴネりルとリーガン姉妹と比してコーデリアの口調はやや軽く、また「例え十重二十重に隠しても」というセリフ、またケントの「大言の始末を実行で」というセリフを聴き取れませんでした。しかし、そういう批評は全く枝葉末節なのです。劇全体がグイグイと押し進められて行くのを体験するのは痛快でした。端役、例えバーガンディ公でさえ、あの短いセリフを言う時、実に印象的な笑顔を作っていました。池田が道化役を兼ねていることは終了まで気がつかなかったのですが、あの道化役は巧かったと思います。コーデリアの箇所は少し工夫があっても良いかも知れません。

第2幕はゴネリルの屋敷で、リア王は自分の家来を半分の50人に減らされたことを知り、怒るわけです。そこを飛び出し、リーガンの屋敷に向かいますが、リーガンはもうゴチャゴチャ言わないで、と言い、やがて現れたゴネリルと一緒に一人だって家来は不要です、と言い放つ。その間にグロスター家のエドガーとエドムントの不和があります。リア王は自ら招いた結果とはいえ、怒り心頭に発して嵐の中へ飛び出します。ケントもエドガーも嵐の中を、リア王を探します。

第3幕では嵐の場面で,舞台裏からバケツを叩く音が聞こえ、また天井から稲妻光がきらめきます。これは工夫の結果としてOKです。ヒースの咲く荒野ではケントが仮装しており、リア王は彼と仲良くなる。この時リア王は既に気が狂い始めています。コンウオール公の館では、グロスター家の庶子エドムンドは弁舌巧みに自らグロスター伯として叙されます。古い方のグロスター伯は反逆者として探され、コンウオール公に捕らえられ、目玉をくりぬかれ、城門の外に放り出されます。しかしこの時、余りの残虐さに、家来がコンウオールを刺し、それは後で致命傷になります。

第4幕では盲目のグロスターは、自分をドーヴァーまで連れて行ってくれないかと頼みます。フランスではコーデリアが父の不運を聞き、姉達を相手に戦いを決意。父を眺めながらコーデリアは「こんなに苦労した人の姿を見れば、例え父親でなくても心動かされるものを」と嘆く。

第5幕ではリーガンは若い新伯爵を巡ってゴネリルと争いますが、ゴネリルは、新伯爵は自分のものだ、と言い張ります。そしてリーガンはゴネリルの用意した毒薬を呑まされて死に、そして新伯爵は嫡子と決闘し、破れて死にます。ここでゴネリル役とリーガン役の声の演技は巧かった。また盲目のグロスター伯の運命も明らかにされます。オールバニ公はリア王に復帰願って、全部返そうとしますが、リア王は腕の中にコーデリアを抱いて現れ、彼女が死んだと言い、嘆きのうちに終幕を迎えます。そしてリア王自身もそこで死去。

『全体の演技とその出来映え』
ここではマイクロフォン等を使用したのか、それとも肉声だったのかは不明です。後ろ向きに話す声が急に小さく聞こえたためですが、私はどちらでも良いと思います。劇場は普通の講堂ですが、それに少し演劇舞台を意識した作りになっていました。その中での演技として、これは優れて情熱的な舞台だったと思います。休憩時間にトイレに行くと、さっきまで演じていた若いキャスト達が来ていました。若さって良いな、という実感を味わった次第。次回は個人的には「ジョン王」を観たいと思っています。

出演者のキャスト表
リア王(前) 森山智寛
リア王(後) 深津健介
バーガンディ公 深津健介
オールバニ公 杉林健生
コンウオール公 海老名翔太
ケント伯 久保田宗人
グロスター伯 山田定世
嫡子エドガー 辻井亮人
庶子エドマンド 古山隆之介
フランス王  八頭司悠友
オズワルド 八頭司悠友
道化 池田早紀
コーデリア 池田早紀
ゴネリル 増田あかね
リーガン 天明屋渚

 

千葉のF高












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