今までに取り残したオペラ

モノローグ(284) 13曲を視聴 Mar.10, 2017

ヴェルディの作曲したオペラは全部で26曲あります。そのうち、今日なお人気が高く、繰り返し世界中で上演されている曲もある一方で、もはや人気が落ちて、殆ど上演されない曲もあります。また上演に際して、主役にピッタリした役者がいる場合は、その活動が盛んな間は上演され、衰えた後は上演されなくなる、と言うことも起きます。今日盛んに上演が続いている曲には「アイーダ」、「椿姫」、「リゴレット」等があり、逆に上演頻度が少ないものは「スティッフェリオ」、「アッティラ」、「ジョヴァンナ・ダルコ」等があります。ダメになった原因ですが、例えば今日の基準からして「アッティラ」は時代考証等に問題がある事が挙げられます。「スティフェリオ」は不評で「アロルド」と改作された結果、現在ではボチボチ上演されるようになっています。私は一度だけ「アロルド」欧州公演(アンヘレス・グリン主演)をラジオ放送で聴いたことがあります。「ジョヴァンナ・ダルコ」は言うまでもなくジャンヌ・ダルクのことですが、昔、レナータ・テバルディが歌ったことは知っていますが、今日殆ど上演されません。それぞれに理由があって今日主流を外れているのですが、「ファルスタッフ」だけは、私の頭がまだこの曲に付いていっていないことを感じています。しかしヴェルディの初期の曲も、一度真剣に聴いてみることをお薦めします。そうした上で、「アイーダ」等に接すると、味わいをまたひとしおに感じられると確信しています。そしてドニゼッティのオペラ「ラ・ファヴォリータ」、ロッシーニのオペラ「ギョーム・テル」も滅多にやりませんが、これは我が国特有の現象なのか、あるいは他国では盛んに上演されているのか分かりません。下に詳論を示します。


(1) 「オルランド・フリオーソ」(1980年12月、サンフランシスコ実況)

オルランド

マリリン・ホーン

アンジェリーカ スーザン・パターソン
アルチーナ キャスリーン・クールマン
ブラダマンテ サンドラ・ウオーカー
ルッジェーロ ジェフリー・コール(カウンター・テノール)
メドーロ ウイリアム・マッテウツオ
アストルフォ ケヴィン・ランカン

ランダル・ベーア指揮 サンフランシスコ・オペラ管

RM Arts ORL01

アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ作曲, 1727年初演

この「オルランド・フィリオーソ(狂気のオルランド)」というオペラは、ヴィヴァルディの作品で1727年にルドヴィーゴ・アリオストの台本に基づき、プラッチオーリが書いた筋書きで、ヴェネツアで上演されたものです。所謂バロック・オペラです。ここでは、歌手達は次々と現れ、壮大なアリアを歌っては次の歌手にバトンを渡すという形式を踏みます。今日盛んなオペラとは余りに形式が異なり、上演も滅多に行われません。もともとオペラは6時間もかかる長大なものだったのが、短く刈り込まれて2時間半で幕が降りる様になっています。その分最後があっけなく終了してしまいます。このオペラが20世紀に復活するのは1978年でした。そういう経歴を持っている珍しいオペラ。まるで歌謡曲のショウみたいな所があります。あれも歌手個人が入れ替わり立ち替わりですね。能とか歌舞伎でも団体が目立つ事は少ないと思うのですが、それは自信がありません。オルランドが乗ったボートのようなものに、二つの若者の像があって、それが止まっていたのですが、よく見るうちにひょっとして、と目をこらして見たところ、なにか動いているようにも見えたのです。そのうち大きく像の配置を変える時に至り、客席がドット湧いたので明らかになったのは、その裸像は生きた人間でした。オマケに船の上で飲み物をついだりし始めたので、もはや明らかです。あれは面白かったと思います。それ以外の変わった演出はありません。このオペラに限らず、アルチーナが登場するオペラでは、一体アルチーナってどの時代の者か、と疑問に思っています。どこかギリシャの血も引いているようですが、ハッキリとは書いていない。むしろもっと遅い時代8世紀とかに根があるのでしょうか。

バロック・オペラでは余り何時代だ、と言うことをハッキリさせません。歌い方は常に歌手が短い声でコロコロと歌い、管弦楽に合わせています。とにかく音が短いのです。長大な旋律等はありません。それなら楽器の響きはどうか、と思いましたが、ハッキリとペリオド奏法の音は聴こえません。滅多に聴かないジャンルの曲ですから、今回は耳をそばだてて聴きました。主役のマリリン・ホーンは全体に上手く歌っていましたが、第一回の長大なアリアの喉を震わすところで、声がやや汚く聴こえました。珍しいのですが、ああシンドというところ。なおこれはメットで買った品ですが、その時期が古くVHSテープの形式でした。そのうちにと思っていたのですが、ドンドン時代が先に進んでしまい、VHSは姿を消し、さらにそこから移すこともままなら無くなっていました。テレビの方はディジタルになり、もう観る事はできないかと思いました。ところが私が取っておいた小さいテレビを使えば、このテープ再生は大丈夫という事が分かったのです。そういう過去を引きずって、ようやく画像を観る事ができました。テープは不安なので何とかディジタルに変更するよう考えています。


(2) 「ラ・ファヴォリータ」 (1971年9月、実況録画、NHK招聘)

レオノーラ フィオレンツア・コソット
フェルナンド アルフレード・クラウス
アルフォンゾⅡ世 セスト・ブルスカンティーニ
パルダッサーレ ルジェッロ・ライモンディ
イネス マリーサ・ゾッティ

オリヴィエロ・デ・ファブリティース指揮 NHK響 上野文化会館

バレエ 小林紀子他
KIBM 1019
ガエターノ・ドニゼッティ作曲, 1840初演

懐かしい上野の文化会館におけるNHK招聘のイタリア・オペラです。実はこの生公演を私は観ました。昔の話ですが、私はこの時期、必死で頑張っていた頃で、良くオペラを観に行けたなあ(ヒマがあったなあ)と思っています。お目当てはスリオーティスの「ノルマ」でしたが、売り切れで仕方なくコソットの「ラ・ファヴォリータ」の切符を買いました。あいにくスリオーティスは風邪で喉をやられていて、私としては複雑な心境です。その時のテープだけ持っていたのですが、それでもスリオーティスの才能と、ベルリーニ「ノルマ」そのものを信じることのできるものでした。当時は「ラ・ファヴォリータ」は余りポピュラーでなく、それで買えたのでしょう。コソットは絶好調で、喉は全開して歌っていましたが、何処までも透るような声の洪水。あれなら私も文句ありません(その約20年後の藤原オペラでヨレヨレのアズチェーナを聴かされ、散々の悪口を書きました)。そしてもう一人、アルフレード・クラウスが、これまた上り坂の時で、最大級の声を張り上げていました。クラウスは声が出るだけでなく、発声がクリアで、ゴマカシがありません。またカスティリア王を演じるブルスカンティーニですが、私はブルスカンティーニといえばロッシーニ「シンデレラ」のダンディーニ役の方の印象が強いのですが、彼のセリア役がどんな物かが分かります。侍女イネス役はあるレコード屋でオペラ・サークルを主催していた某氏が、ろくでもない、と両断していたので記憶に残っています。バレエは小林紀子らが演じていました。全体に日本人達は、イタリア・オペラに出られて大満足という感じでした。体格も、声帯の大きさも、全ての面で日本人はイタリア人よりずっと小さかったので、日本人と言ってそれを弁護するしかありません。その音楽は、前半は余り巧くないのですが、最終幕に至って、さすがコソット、さすがクラウス、と賛辞が続きます。これは良かった。現在市場に出ているDVD等は、コレしか無いと思います。あと、確かめてはいないのですが、舞台での照明の魔術で色彩を付けてはいないでしょうか?あの色のつき方は、お土産絵はがき等に見られる安い手付けの色だったかも知れません。しかし「声が全て」のイタリア・オペラとしては、終わりよければ全てヨシ。


(3) 「アッティラ」 (1991年、実況録音、スカラ座)

アッティラ サミュエル・レイミー
エツイオ ジョルジョ・ザッカナーロ
オダベッラ シェリル・ステューダー
フォレスト カルディ・カルドフ

リッカルド・ムーティ指揮 スカラ座管

3091062

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1843年初演

これはサミュエル・レイミーやシェリル・スチューダーのコンビが勢力的に録音していた頃のものです。これはヴェルディ自身がこの欧州全体の動きと自分自身の周りの動きの両方がいずれも強く働いて、困っていた時期と思います。例えば「アッティラ」の場合、フン族の欧州侵攻は歴史的事実であり、それをあとで自分たちに都合の良いように変更するのは問題になります。そもそも開幕近くで、アッティラが自分たちは北欧神話の子孫だと突然引用する場面、これはあっけにとられます。北欧神話は8世紀ごろ現在の北欧に広まったものであり、それより古い5世紀ごろのフン族のひろがりと整合性が無いのです。そもそもフン族は元々現在の蒙古あたりに活躍していたものらしく、どう考えれば地理的齟齬なく納得できるか、と悩むことになります。おまけにエツイオは味方なんだか敵なんだか良くわからない、という想定。スチューダーは正確に歌っていましたが、それでも一部性格不明な箇所あり。さらにはレイミーの最後の場面も何となく死んだようで、その死に至る理由づけがあいまい。一口に言うと、これはヴェルディの失敗作かも知れないと不遜なことを考えました。そもそもこの時期のヴェルディのオペラって、地元をあおり、熱狂を呼ぶ、という要素があるのですね。少なくとも、これから地理を学ぼうなんてしないことです。


(4) 「第1回十字軍のロンバルディア人」 (1971年、スタジオ録音)

ジゼルタ クリスティーナ・ドイテコム
オロンテ プラシド・ドミンゴ
パガーノ ルジェロ・ライモンディ
アルヴィーノ ジェローム・ロ・モナコ

ランベルト・ガルデルリ指揮 ロイヤル・フィル

422-420-2

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1843年初演

ヴェルディの作曲したものだと言う点と、まだ持っていなかった曲だ、という点でこれを買ったのは十数年前です。そしてドイテコムが歌っているのも魅力でした。その結果、これは不思議な曲だという印象を得ました。あちこちパッチのような短い旋律があって、それぞれ魅力的なのですが、これが全曲盤だと言われると、一体何だと思ってしまいます。あらためて諸賢の書かれたものを参照しますと、同様の印象があるようです。ガルデルリがはっきりした意見に基づいて指揮していないのかも知れない、ということを少し考えました。

まるで一部のイタリアの指揮者みたいに、楽譜尊重を全面に押し出していて、あちこちにある壮大なコーダがまるで見あたら無いのです。例えばここで演奏会の常套手段として高音の跳ね上げをしたら良かろうに、と思う箇所がそのままストンと低音に落ちています。無論これは私の個人的な好みですが、勿体ないと感じます。ドミンゴは歌いっぱなしと感じましたし、ドイテコムもどうしたのか、と思った次第。挿入された写真も良くない。どちらも間が抜けて見えます。こんなでは無かったのに、というところ。「激怒」と書いてある箇所ももう少し怒らなければ、と思うのです。パガーノ役のバスは素晴らしい。良い所もあるのですが、そもそもプロットがあっちに飛び、こっちに転びしていますから、全体に一貫した素晴らしさを感じません。ヴェルディはもっと真剣に取り組むべきだった、と思います。2番煎じではなく。この中にどこかで聴いたような、懐かしいメロディーがあったので、よくよく考えると、どうもベルリーニ「夢遊病の女」にあるアミーナのアリアの一節のようだと思い当たりました。ほとんど出番の無いオロンテに、ここではドミンゴを宛てていますが、勿体ないくらいです。ドイテコムにさらにがっかりさせられたのですが、出ている写真をみると、まるで居酒屋の女将みたいで、本当に失望します。音楽の設計にかかわらず、跳ね上げ等を考慮した方が良いと思います。劇の進行を表すものが貧相な上、あっちに飛んだり、こっちに飛んだり、しているため、本当に分かり難い。


(5) ジョヴァンナ・ダルコ (1973年、スタジオ録音)

ジョヴァンナ モンセラ・カバリエ
カルロ7世 プラチド・ドミンゴ
ジャコモ シェリル・ミルンズ
デリル キース・アーベン
タルボット ロバート・ロイド

ジェームズ・レヴァイン指揮 ロンドン響

EMI 0999-0-88219-2-8

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1845年初演

めったにやらない「ジョヴァンナ・ダルコ」もとうとう近年スカラ座で再演されました。あれだけ人気のあった筈の曲が、時間とともに忘れられてしまったのですが、その理由を考えてみました。長さはオペラとして標準的。耳に良く残りそうな旋律は多く含まれています。旋律の多くは戦意高揚のためですが、余りに多すぎるくらいです。一カ所だけ全楽器がそろって単一の旋律を演奏しましたが、目立ちすぎです。あとはまるで「トロヴァトーレ」見たいな音楽です。辛口の批評をするなら、ここではモンセラ・カバリエの歌いぶりがほんの少しだけ、息切れみたいな感じがつきまとったし、またドミンゴの歌の表情がいつも同じ様に聴こえたことでしょうか。そして羊飼いの歌がシェリル・ミルンズですから重苦しい。加えて合唱があと一歩力強かったらなあ、と思います。あれもこれも決してけなすつもりはありません。スカラ座は初演のころから170年ぶりの再演になります。歌手が元気一杯であれば成功すると考えます。


(6)ルイザ・ミラー (1979年1月20日、実況録音)

ワルター卿 ボナルド・ジャイオッティ
ロドルフォ プラチド・ドミンゴ
フェデリーカ ジーン・クラフト
ブルム ジェームズ・モリス
ミラー シェリル・ミルンズ
ルイーザ レナータ・スコット
ラウラ エリエール・ビビー

DVD 00440-073-4027

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1849初演

この農村オペラを観た途端に思い起こしたのが、ベルリーニ「夢遊病の女」でした。ああいう色彩と、村人達の雰囲気があります。ここでは絶頂期のスコットを聴け、対するドミンゴはまだ嫌らしさが薄くこれからに期待される若手歌手でした。実際歌手はあっという間に変貌してしまうため、注意深く聴かないといけません。私の見立てではスコットはこの数年後より、此の時期の方が遥かに良いと思います。高音のコントロールが効いていて、しかも中音の甘さも持ち備えています。シェリル・ミルンズは声楽的には十分ですが、もう少し年齢と声域の対比を考えてくれたら良いのに、と作者に文句あり。公爵未亡人の声は、良くこんな声が、と思うほどで、コソットに似ています。ただ特定の低音域で声に無理したような発声が見られました。細かい事なので、それを無視すれば十分楽しめます。当初この夫人の雰囲気がドイツっぽいと思ったのですが、案の定テロップを見ていたら、ドイツ皇族というのが目に留まりました。シラーの戯曲(たくらみと恋)を整理したものだそうです。スコットは後半ますます喉がまわりますが、時としてやり過ぎかも知れないと思います。高音域での声の張り出しは、力込めて歌えばそれだけ素晴らしい声が聴こえるのですが、またそれは上手いのですが、あんなに出しては喉を潰すのでは、と心配になります。録音だからこそ上手く聴こえるのかも知れない、とも思うのですが、この時点では、スコットの声は最高です。しかも私がニューヨークで実演に接した時に一致します。良い時にいったものです。スコットのキャリア末期に、彼女のヴェルディ「シチリア島の夕べの祈り(カラスの1950年スカラ座デビュー曲)」の最後のフレーズは汚い声だったと繰り返し言われていますが、いつあの声が崩れたのでしょうか。ここの声を聴いて、それを確かめたいと思った次第。


(7) 「椿姫」 (1967年、スタジオ録音)

ヴィオレッタ モンセラ・カバリエ
アルフレード カルロ・ベルゴンツイ
ジェルモン シェリル・ミルンズ
アンニーナ ナンシー・ストークス
フローラ ドロシー・クレヴル

ジョルジュ・プレートル指揮 RCAイタリア歌劇響 ローマ

ソニー 88883727172

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1853年初演

長らく私の録音物棚に欠けていた品ですが、このたび輸入盤として入手できるようになりました。物凄く静かに始まった「椿姫」は自在に遅くなったり速くなったりします。基本的には遅め。カバリエはこれがデビュー時期に近いのですが、さすがに声は滑らかで、ソコといった欠点がありません。そのかわり超高音を避けているらしく、途中でアレレと思う時があります。声の滑らかさを強調するため、それと思われる箇所では、滑らかに発声し易いテンポを取った事も伺えます。ウッカリすると聴き逃すかも知れません。ベルゴンツイは申し分なく優等生的歌唱を紡ぎます。もしこれから初めて「椿姫」を聴いてみたいと考える方へは、この録音はソツがありませんよ、とお勧めします。第2幕以降、カバリエは省略をしていません。どこも楽譜通りに歌っていますが、その分熱気がさめています。第1幕で良かった部分がさっぱり消えています。ジェルモンとのやり取り、そしてアルフレードとの別れ、という重要な部分でひたすら美しく歌うことに神経が向けられています。それは音符の伸ばし方で分かるのです。ジェルモンの歌は楽譜どおり2回繰り返されたり、バレエのトウーシューズの音を加えたりしますが、あれは全体を弛緩させると信じます。同様に第3幕では極めて細い音で表現し始めますが、最後のシーンでジェルモンの言い訳ソングが予想通り全部出ています。出てくるのは全部ですから、省略する場合を越えて、省略しない場合のその省略版、それを越えて普段は耳に入らない音楽まで聴く事になります。というワケでこのCDはあくまで全体を聴きたい人におすすめです。


(8) 「シモン・ボッカネグラ」 (1991 年、実況録画)

シモン・ボッカネグラ アレクサンドル・アガーケ
アメリア

キリ・テ・カナワ

ガブリエレ

マイケル・シルヴェスター

フィエスコ

ロベルト・スカシディウィッツィ

パオロ アラン・オービー
ゲオルク・ショルティ指揮、コヴェント・ガーデン管

Catalogue Number 0714239

ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1857年初演

これは14 世紀半ばのイタリアを描くオペラ。ヴェルディがしっかりと足を一歩踏み出したことが良くわかります。あの「ロンバルディア人」で見せたときのような不見識はシッカリと反省されています。まず最初のプロローグのところで弦楽器をそろそろと鳴らす音楽の秘めたるパワー。聴きものです。ただしこの「ボッカネグラ」というオペラの進行は、あまり分かり易くは有りません。特にプロローグを付けた結果、時計が前に行ったり後になったりします。オマケにヒロインの名前も、母親と同じマリアだったり、アメリアだったりするのです。プロローグにしか出てこないマリアは貴族フィエスコの娘であり、父親フィエスコの怒りにふれて、城の中に幽閉されていて、それが本番の前に死にます。

この男声主導ですすむオペラは、間違いなく「オテロ」を目指しています。ストーリーはイタリア風そのものですが、ボッカネグラとアメリアの露出が馬鹿に長い。歌手から申しますと、フィエスコ役のスカシディウィッツイが素晴らしい。アガーケ演じるシモンは少し声量に限界があります。ガブリエレは中々良い声で、少しパヴァロッティみたいな声でした。なおフィエスコ役はバリトンと記してありますが、私の耳にはバスとして良く響きました。人物関係が複雑で多過ぎる気がしますが、これは多々分にメークアップが皆同じように見えるからでしょう。あのひげ面は見ているだけで気が滅入りそう。唯一のソプラノのキリ・テ・カナワは、絶好調とは言いがたいのですが、なんとか無事に終えたという感じ。


(9) 「ファウスト」 (1973年9月、実況録画、NHK招聘)

ファウスト アルフレード・クラウス
マルガレーテ レナータ・スコット
メフィストフェレス ニコライ・ギャーロフ
ジーベル ミレーナ・タルピーヴァ
ヴァレンティン ロレンツオ・サッコマー二
マルテ アンナ・ディ・スタジオ
ワーグナー パオロ・マッツオッタ

ポール・エチュアン指揮 NHK響

バレエ 小林紀子他
KIBM 1021
シャルル・グノー作曲, 1859年初演

これも昔の映像ですが、私は用事があって観に行かなかったものです。前記の「ラ・ファヴォリータ」より2年後の話で、私は米国人達が集団で来日するのを、教授の助っ人部隊の一員として富士五湖地方に行かなければならなかったのです。その米国人達はそのあと京都国際会議場のオープニングに出席する予定でした。実は私自身もその国際会議場でデビューすることになっていて、オペラどころでは無かった事情もあります。そういう事情の基に、私はこの年のイタリア・オペラは観ないで済ませました。実際の出来映えですが、それを一昨年の「ラ・ファヴォリータ」と比較しますと、何か全体に向上したと思わせることがみられました。この年から会場が上野文化会館からNHKホールに移転しました。そこでは絵葉書風の色づけかどうかは不明ですが、何かスッキリした感じです。そして全体に活気があり、力強いのです。ニコライ・ギャーロフの堂々たる歌い出しは魅力的でしたし、サッカロー二のヴァレンタイン役も上手く歌っていました。プリマドンナ・オペラだとどうしてもソプラノ中心ですが、生で聴くと男声陣が大切です。この舞台は成功したと確信します。始め、歌も演出もほどほどでしたが、第1幕に観られるムラのお祭りの風景は広い舞台を上手く利用しています。そこで日本人の合唱団をバックに歌う各ソリストの歌は、本当に上手い。そして日本人の歌と踊りは、外国人と並ぶとやはり足が短いなあ、と感じます。上演そのものはフランス語でした。そしてレナータ・スコットはその頂点にある頃でしたが、高音では陰影をつけ、音を小さくしてコントロールを効かせます。なかなか上手でした。声が低めの場合に少しだけ美点を生かし切れないところもあり(音程の為に音色を損なう)ましたが、全体として何処を取ってもこれは良く歌えています。それにしてもギャーロフのメフィストフェレスは最上でした。それにスタミナも万全です。そこで思い出したのですが、スコットとギャーロフの共演をメットで(ヴェルディ「ドン・カルロ」)見参したことがありました。良い時期に観たと思います。アンナ・ディ・スタジオのマルテはやや年取った声になっていますが、まずまず。繰り返しますがここに登場したキャストはいずれも立派な出来映えでした。それに関して言えば、これは明らかにこのNHKオペラの勝ちです。合唱の場面があり、そこで奏でられた音楽は耳障りが良かった。日中ふとヴェルディの「トロヴァトーレ」を思い起こしていたら、あちらにある兵士の合唱と発想がそっくりですね。むしろグノーの方が親しみ易く、ヴェルディのはまるでワイ歌みたいに聴こえるので困りました。大体2拍子というのは世界中の軍歌に付き物ですが、あれで3拍子だったらずっこけてしまうでしょう。なおヴェルディとグノーの年代を比較すると、ヴェルディの方が約10年ほど古い。


(10) 「ファウスト」 (1966年6-7月、スタジオ録音)

ファウスト フランコ・コレルリ
マルガレーテ ジョーン・サザーランド
メフィストフェレス ニコライ・ギャーロフ
ジーベル マルグリータ・エルキンス
ヴァレンティン ロベール・マサール
マルテ モニカ・シンクレア
ワーグナー レイモンド・マイヤーズ
リチャード・ボニング指揮 ロンドン響

POCL-3962/4

シャルル・グノー作曲, 1859年初演

サザーランド、コレルリ、ギャーロフの「ファウスト」です。このCDは私も実際に聴くのが久しぶりでした。まず音がさわやかで、さすがデッカの音です。その音をどのように使って全体を作るか興味津々でした。ところが音のバランスが、全ての音を均一に拾おうとする余り、どこか音が小さいのです。コレルリの声は何時もの通り黄色い声で、全く私の好みとは違っています。ギャーロフの声は工夫が聴こえてきません。そしてサザーランド、彼女の声は全くだめでした。少なくともマルガレーテの声としては失敗に近い。ボニングの指揮も、どうという事が無くガッカリしました。録音が遅すぎたのでは無いでしょうか。もう少し気力を込めて歌って(伝説的になっている初回の「ルチア」のゲネプロとか、その後のエディンバラの「夢遊病の女」とかではもっと気力が詰まっていました)呉れないかなあ。サザーランドのファンの一人としてこれは残念。この様な評価を刷るに当たっては、「ファウスト」がここでは画像抜きだという事に注意を要します。

昔「ファウスト」の抜粋盤LPが出たのですが、それが実に巧みな曲目ピックアップで、全体として全曲が佳作のような錯覚を起こしました。抜粋盤が上手く働いた例です。バレエの場面ではボニングの指揮は堂に入っていたようで、ホッとしました。後の場面はやはりサザーランドは甘く、コレルリも甘く、そしてギャーロフは本当ならもっと力が籠っていたはず、という印象です。この「ファウスト」というオペラに関しては、なにより力が欲しい。そしてバスの朗々たる声を響かせて欲しい。最後の場面を聴きながら、私は昔リッチャレルリが歌っていた場面を思い出しました。あれも頼りがありませんでしたが、これも同様だなと思った次第。この曲に関しては前出のギャーロフとクラウス、そしてレナータ・スコットの組の勝ちだろうと思います。


(11) 「メフィストーフェレ」 (1989年、サンフランシスコ・オペラ録画)

メフィストーフェレ サミュエル・レイミー
マルガリータ ガブリエルラ・ベナコーヴァ
エレナ ガブリエルラ・ベナコーヴァ
ファウスト デニス・オニール
マルタ ジュディス・クリスティン
パンタリス エミリー・マンハート
ワーグナー ダニエル・ハーパー
ネレオ ダグラス・ブンシュ
マウリツイオ・アレーナ指揮 サンフランシスコ・オペラ管
RM Art MEF01
アリゴ・ボーイト作曲, 1868年初演

このボーイトの「メフィストーフェレ」は私が家族を連れて初めてニューヨークに行った時の思い出が一杯詰まったものとして、深く記憶に留まっています。当時はレイミーは余り有名ではなく、私がレイミーを初めて観たのもメットでなく、その隣のシティ・オペラに於いてでした。そもそも「メフィストーフェレ」というオペラをここで初めて観たのだし、長いなあ、という記憶が残っています。そして数十分掛けて地下鉄7番線でフラッシングの自宅へ戻ると、もう真夜中でした。でも若かったのですね。そういうのは、ちっとも苦でなかったのです。私自身「メフィストーフェレ」は初めての時だったので、妻は連れて行きませんでした。それが、観て本当に良かった、と思いました。あの長さは何とかして欲しいけれど、時間が許すなら又全部みたいと思います。勿論オペラ・ハウスの大きさの制約があって、あの小さなシティ・オペラでは幻灯を用いて背景を写していましたが、このサンフランシスコの方はそれはありませんでした。レイミーが出す声は自信に満ちていましたが、それは口を縦に開けて歌うため。ファウストを担当するオニールの声も良く出ています。ペナコーヴァの歌うマルガリータだけ、声の制約があるらしく、低い音では声が割れる瞬間がありました。この「メフィストーフェレ」というオペラのどこが良いかというと、合唱です。あれは素晴らしい。それも何度も登場します。私は「合唱コンクール」のたびに文句を言っていますが、皆が「空よ、海よ」という歌ではあきてしまいます。是非あのボーイト「メフィストーフェレ」の合唱をやって欲しい、と主張しています。主役を歌うレイミーは姿勢が良く、常に背筋が立っていますが、やはり猫背よりもレイミー流の方が良いと思います。ただ古代の美女達が登場する幕はなくても可だと思う次第。そして終幕の合唱に入るとゾクゾクします。私のオペラに関する情熱をかき立ててくれた曲としてこれからも対処して行く積もりです。再生は実はテープで観たもので、過去のVHSテープを何とか写すことに成功しました。前出のヴィヴァルディの「オルランド・フィリオーソ」で述べたのと同じ事情です。


(12) 「ファルスタッフ」 (1964年、スタジオ録音)

ファルスタッフ ジェレイント・エヴァンス
クイックリー夫人 ジュリエッタ・シミオナート
フォード夫人 イルヴァ・リカブリ
フォード ロバート・メリル
ナンネッタ ミレルラ・フレー二
フェントン アルフレード・クラウス
メグ ロザリンド・エリアス
ゲオルク・ショルティ指揮、RCAイタリア管
POCL-4192 (POCL-2926)
ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1893年初演

ヴェルディ最後のオペラです。前作「オテロ」のあとですから、聴く方としては、いったい何れくらい素晴らしいのだろうと期待しますね。ただし、これは承知しておいて頂きたいと思うのですが、「ファルスタッフ」ってあまりイタリア・オペラ臭くないのです。そのかわりモーツアルトのような絶妙なアンサンブルを楽しめます。アンサンブル・オペラは「オテロ」や「アイーダ」とは違うのですね。私自身がその戸惑いで、しばし余り聴かなかったのです。そしてこの曲の背景は、ウイリアム・シェークスピアの戯曲群、「ヘンリー四世」第一部および第二部と、「ウインザーの陽気な女房たち」を基にしたものです。どちらから見ても、この時代が余程好きだったのでしょう。15世紀の物語。脚本は「オテロ」の時に協力したアリゴ・ボーイトが再度お勤めしました。ヴェルディは79歳でしたから、もう作曲そのものに楽しんで取組む事ができました。悠然と構えて、聴く者だけが聴けば良い、と世の中から半分引退した大家の姿勢です。当時ヴェルディはワーグナー「トリスタンとイゾルデ」を素晴らしい曲だと賛辞を捧げたとか言いますが本当?ただ、マリア・カラスはフォード夫人役には全く関心を持たなかったと言われます。そうでしょうね。これを聴き終えた時はハチャメチャな幕切れ、という感じでした。アンサンブル・オペラであるため、全体がワッと盛り上がって幕とは行かないのです。カタルシスを得る事はできません。


(13) 「ファルスタッフ」 (1982年、実況録画、ザルツブルク)

ファルスタッフ ジュゼッペ・タディ
クイックリー夫人 クリスタ・ルートヴィヒ
フォード夫人 ライナ・カバイバンスカ
フォード ロランド・パネライ
ナンネッタ ジャネット・ペリー
フェントン フランコ・アライザ
メグ トルデルーシ・シュミット
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ウイーン・フィル
SIBC-16
ジュゼッペ・ヴェルディ作曲、1893年初演

これは画像付きの時の印象です。ノイズは少なく、音質は抜群です。ここに集められた歌手達は、いずれも有名な人たちですが一部には、ちょっとした問題を抱えています。例えばルートヴィヒは少し衰えが感じられ、カバイバンスカも声の衰えがあります。他方でアライザやペリーは全盛期に上り詰める段階にあります。私はペリーを生の舞台(シュトラウス「バラの騎士」)で観た事がありますが、なかなかだったと言えます。男性陣は終幕に向かって元気一杯になり、ファルスタッフに向かって投げかける汚い言葉は、これでもか、これでもか、と言うほどで、疲れます。やはり私には、まだファルスタッフを楽しみ切れていないことを自覚しました。私が作曲者と同じ年齢になる必要がありそうです。



 

千葉のF高












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