温故知新:古い録音を聴いてみよう

モノローグ(285) Aug.1, 2017

 

シューベルト「未完成交響楽」ベートーベン「田園交響曲」

なにを今更、と言われそうだが、フト振り返ってご覧なさい。あまり「未完成」なんて聴いていないのではありませんか?そもそも最新盤の比較をする時、未完成くらい難しい録音は無いのではないでしょうか?あの「録音好きのカラヤン」は自らの録音を振り返って、シューベルトは不得意だ、という趣旨の話をしたそうです。私は大好きです。予定していた品がやや遅れているので、古いものを尋ねる事にしました。

何故1936年なんて古いものを取り上げるのか、と言えばそれは長い話になります。以前このコラムに投稿した時に触れたことがありますが、大昔、今から約66年前に、父は薪割りのアルバイトをして、コロンビア製のSP再生機を入手しました。同時にワルター指揮のSPレコードを入手したのです。当時私は良く分からなかったのですが、少し後(数年後)になって、それはウイーン・ムジーク・フェライン・ザールで録音された、ウイーン・フィルによる品物だったのです。となれば、それは1936年録音の貴重なSPレコードであると、直ぐに了解しました。蓄音機を誰から、どのようにして入手したかは分かりません。察するところ、かなりクラシック音楽に精通した人だっただろうと想像できます。なんと言っても、このような記載されたレコードは当時は誰も持っていないし、それを手放すに際し断腸の思いが付きまとったに違いないと思うためです。

 

未完成交響曲(1)

シューベルト
ブルーノ・ワルター指揮 ウイーン・フィル
ウイーンのムジーク・フェライン・ザール録音
1936年録音(SP)
東芝EMI TOCE 8829

今日ならインターネット市場で、新旧レコードの入手は可能かも知れませんが、実際問題としては厄介です。ディジタル化が進んだ今日、それをCD化したものが何度か出ましたが、それがマーケットにある時に買わないと、逃してしまう恐れがあります。私は現在上記の録音物をCD形式で2つ持っています。そしてこんなに良い品なのにどうして、思うほど、多くの人がこれを持たないのか、不思議に思うのです。繰り返しますと、値打ちの根源は蓄音機でなく、録音物にあります。こればかりはどんな古い録音盤でも、好みがピッタリと合っていなければ評価は違います。私はこのレコードで洗脳されてしまったようです。

あのゆったり始まる第2楽章の歩みに耳を傾けましょう。そのテンポはゆったりとしていて、これぞワルターといえそう。低音部は時として強調するようにスコアに記載されていますが、私はこれで満足です。レコード・カタログを覗くと、余り物(録音したSP盤)が少ないようですが、これは、結果的に人々は古いワルター盤に満足してしまったから(とうの昔に買ってしまったから)かも知れません。若い人だったら、そもそも馴染んでいないから、ワルターと言ってもコロンビア交響楽団との演奏(これでも私には十分古いが)で満足しているのかも知れません。やはり私はワルター1936年盤にもっと親しんで欲しいと考えています。

 

未完成交響曲(2)

シューベルト
ブルーノ・ワルター指揮 ウイーン・フィル
ウイーンのムジーク・フェライン・ザール録音

1960年5月にあった、「マーラー生誕100周年記念ウイーン音楽祭」の録音。他にマーラーの交響曲第4番(ソプラノ:エリザベート・シュワルツコップ)の演奏がここに納められている。

これを聴くと、あのワルターにして、感激するよりも欠点を幾つか指摘できるようです。こんな事は予想できなかったのですが、まず途中にあるトントンという打楽器を弱く叩く場面で、その叩き方が強過ぎるような気がします。またあちこちに聴かれるワルター節の箇所で、それに加えた音がほんの少しあって耳に残り、それが余計なもののように思えます。
50C37-7014-15 DENON/NIPPONClumbia Japan

 

未完成交響曲(3)

シューベルト
ロリン・マゼール指揮 ウイーン・フィル
1980年11月録音
東京の昭和女子大人見記念講堂録音
カップリングした「運命」は名古屋市民会館ホール。
CBS/SONY 30DC 703

コレは新しいだけに、音は爽やかで、音楽は流れる様です。テンポも異常なものではなく、普通のペースです。ただCD盤を掛けた当初から感じたことですが、その美しい音を使って誰に呼びかけているのか、それが分からないのです。ある演奏会の音を録るだけなら、これでも良いと思いますが、音楽記念碑として考えて何か特別なものを狙うのだったら、これでは残念ながら不満足になります。第2楽章ではそれが突然に蘇ったように聴こえます。これは素晴らしい。いったいどこが不満だ?と尋ねられるかも知れませんが、本当にここは素晴らしい。それが最後まで持ちこたえれば、これも素晴らしいのですが、やはり最後は万人向けの商品になってしまったようです。返す返す残念。

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私の手元にあったもう一つの名盤として、「田園交響曲」を取り上げます。これも大層古い録音があります。

 

田園交響曲(4)

ベートーベン
ブルーノ・ワルター指揮 ウイーン・フィル
ウイーンのムジーク・フェライン・ザール録音
1936年録音(SP)
東芝EMI TOCE 8829

この音楽は長々とした長大なコーダで締めくくられます。全く個人的な印象ですが、あのコーダを少し縮めては、と恐る恐る考ています。他の部分は、まずテンポが速い事が挙げられますが、あれはやはりSP録音故のことかも知れません。何となく田園という長大な曲だから早く届けようという、善意の焦りもあったのかも知れないという意味。第2楽章にそれを感じます。あとの部分も、少し焦りのようなものを感じました。音は立派。これで万全のテンポで演奏したら、さぞや素晴らしいものになっただろうと思います。嵐の場面も素晴らしいのですが、やはりトスカニーニを聴いたあとでは、色々考えてしまうのです。ワルターだって一生懸命やっていますが、何か付け加えて欲しい。

 

田園交響曲(5)

ベートーベン
アルトウーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団
ニューヨークのNBC 8Hスタジオ録音
1939年録音(SP)
KC-1010 2CD-2

これも古い録音ですが、古ければ何でも同じかと言えば、そうではないのです。SP盤時代のトスカニーニといえば、怒りに任せてこれでも食らえ、という怒号が飛びそうですが、これは、そうでもないという例。意外にもここではトスカニーニは別段怒っていないのです。ただし途中ではテンポが猛烈に速い。ただその速さには、時々首を傾けざるを得ないのです。私は第一印象としてこの録音を賛美しますが、だからと言ってこれを大事にしまっておこうとは思いません。やはりちょっとだけ速過ぎるのです。そして嵐の場面ではどうなるかが重大ですが、ここで聴かせるトスカニーニ流の表情付けは、頷かせるものがあります。でも私は結局、先日聴いた1952年の録音の方が好きです。裕然さと、荒れ狂う速さを兼ね備えているからです。但し両者は約15年の開きがありますから、SP録音のために急いだのかも知れない、と考ているところ。

 

田園交響曲(6)

ベートーベン
アルトウーロ・トスカニーニ指揮 NBC交響楽団
ニューヨークのカーネギー・ホール録音
1952年録音(SP)
RCA BVCC-7005

これの形容に苦しみます。当初、第1楽章は驚くほどの柔らかさを聴かせ、これはトスカニーニに対する固定観念を払拭しなければ、と思ったのです。こんなに静寂で、幸せ感のある音楽を作ったベートーベンに感謝しなければならない。第1楽章は満足のいく長さで終わり、続いて第2楽章も再度、満足いくテンポと表情付け。そこで披露される小鳥の声(後半ではカッコウだとされます)は、適切なリズムと明確な意思の力で披露されます。やはりべートーベンは偉大です。よくぞハイリゲンシュタットの自殺を思いとどまったと思います。誰がこの演奏に注文を付けられるでしょうか。他の指揮者でも同様な反応が起きることを望みます。そしてこれは第3楽章の嵐の場面に至ると、余りのその効果の激しさに驚きます。これは誰よりも激しく、嵐そのものを描いたもの。これを聴いた後は、私はトスカニーニ・ファンの一人になりました。第5楽章の旋律はもっと短くても構わないのですが、このままでもモチロン可。改めてトスカニーニの凄さに感心しました。1952年は私も家内もこの世に既に生まれていたわけですから、一度でもそのナマ演奏を聴いてみたかったと悔やむところ。

 

田園交響曲(7)

ベートーベン
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団
アメリカン・リージョン・ホール録音
1958年録音
CBS/SONY 22DC 5581

これは出始めの部分から素晴らしい。なんと形容したらよいのやら。途中ある小鳥の差し込みも、ナカナカなもの。ただ、第3楽章で感じたのですが、オーケストラの音色がまずいのでは?はっきり言って下手かも知れない。こんな事を素人の私が言うのは大層おこがましいのですが、もし私の勘が正しければ、やはりオーケストラの合奏部の弦楽器の輝きがねえ、と言うところ。もともとコロンビア交響楽団という名前のオーケストラは存在せず、あちこちからカキ集めた寄せ集めの集団だ、ということは周知ですが、それも初め良いと思いましたが、これはやはりダメ、と思った次第です。後半の楽章でも嫌な響きがしたのですよ。あそこを改善するには、オーケストラ全体をいじることになります。何となく、全体を上手く仕上げる為なら、このままで可ですが、史上最高の製品を作る為にはどこかで作為が要りそう。素材に恵まれているだけに惜しい。

 

田園交響曲(8)

ベートーベン
レオポルト・ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団
映画「ファンタジア」の録音
1940年 米国録音
1955年 日本録音(私が持っているのは此方)
ディズニー音楽映画「ファンタジア」の中にベートーベン「田園」の短縮版が含まれていたのを思い出しました。音がやや甲高く、これは比較から外そうかとも思いましたが、他に音楽映画の形式のモノが無かったので、ここに書いておきます。これは映画の該当する画面を観て楽しんでいるうちに、終曲に達している仕掛けですから、あっという間に聴いてしまいます。ただし、ストコフスキーの指揮ぶりに気を取られると、全体像はあいまいになります。ストコフスキーの指揮は速く、少しおどろおどろしい。もし現代に再度製作すると改善されるかも知れません。ただこの映画の値打ちはそういう所でなく、もっと全体を眺めた所にありますから、真面目に聴く必要があります。

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私の手元にあったもう一つのCDとして、シューベルトの交響曲「ザ・グレート」を取り上げます。これは古い録音があるのですが、レーベルが不明です。本来これでは比較できないのですが、添付された紙レーベルを信じて、まずは聴いてみましょう。カラヤンがシューベルトを録音するのは気が引ける、と言ったとか、言わなかったとか、いう話がありますから、どこが合わないのか、確かめたくなりませんか。

 

交響曲「ザ・グレート」(9)

シューベルト
ブルーノ・ワルター指揮 ロンドン交響楽団
1938年録音
KC-1033 2CD-1

まずこの演奏から聴いてみますと、やはりゆったりしていることは分かりますが、少々締まりがないかな。最初の楽章で、飛び跳ねるような、まるで汽車が颯爽と走り抜けて行く様な所がありますね。あそこは列車ですよ。音を分解してみれば分かります。そういう柔らかさは、ベートーベンの「田園」だって同じなんですが、あれは聴く者をして、シャンと姿勢を正させます。それだけの音の値打ちがあることを感じさせるため。列車の走る単調さは、「そうして穏やかな空を見上げて下さい」という感じ。それからどう向こうか、とアレコレ考えたあとで、ようやくこれで行こうか、と決心がつきます。途端に新たな旋律が現れます。正直申しますと、そこでもう手綱を離してしまいたくなります。私の浅い経験から申せば、これはそういう音楽ではないかと、恐る恐る申し上げます。モチロン私みたいなビギナーの言う事ですよ。この録音は、おそらくはSP録音でしょうが、音は聴き易く、変換に成功しています。

交響曲「ザ・グレート」(10)

シューベルト
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ウイーン・フィル
1946年録音
UNKNOWN

それがカラヤンだったらどうなるか、という事を試してみます。カラヤンは最初から音は控えめに、テンポは快適に勧めています。これだけ節制が利いていたら、この曲はひょっとすると傑作かもしれないな、と期待させます。少なくとも第1楽章に関しては恐ろしく節制のある音楽でした。そして列車は颯爽として走ります。その時点ではカラヤンは、ワルターを凌ぐものでした。ただし、そのあと、第2楽章以降では少し違うのです。相変わらず音楽の骨格が面白くなく、いかにカラヤンが手練手管を用いようと、変わらないのです。いっそのこと、これが第1楽章のみの「新・未完成交響楽」だったら良かったのになあ、と溜め息をついているところです。これと正反対のご意見もモチロンあるでしょう。ただこのCD資料は出所が良くわからないので、大きなハンディを背負っています。

 

交響曲「ザ・グレート」(11)

シューベルト
ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団
アメリカン・リージョン・ホール録音
1959年録音
SONY RECORDS SRCR 1661
再度ワルターを聴いてみましょう。これはロザンゼルス近傍のビヴァリー・ヒルズで録音したもので、ワルターも晩年近くになっています。これは良い録音でした。それにこれはステレオです。ここでワルターは元気が良く、ずっと最後までキビキビとテンポを正していますし、また第2楽章にみられるスケルツオは、ダンスみたいな曲にしていますが、踊るような旋律を恐れずに出しています。結局問題かも知れないと思ったのは第4楽章だけで、あとは問題ありません。特に第1楽章は列車のことなんか忘れさせるような素晴らしさです。その他の音楽トリックも、ここのは本当に素晴らしい。第4楽章は、要するに私にはすこし長過ぎたのでしょう。でも全体としてこの録音は、見事な出来映えです。


 

千葉のF高












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