キット屋倶楽部
キット屋コラムの部屋
 

『オーディオと音楽の交差点』

第二回「大橋店主の音づくり概念造語に見る交差点」

       (大橋店主様 男の城 地鎮祭記念特別寄稿)

 皆様、こんにちは、四弦亭酔響です。
 第一回目アップの際は皆様それぞれがどのような形で四弦亭の拙文を受け取って頂けるか不安でしたので、今後に書いて行こうと思っている総体的なものになっておりました。
大橋店主様からは皆様からの好意的なご感想も頂き、それぞれのスタンスでメッセージを受け取って頂けてほっとしております。皆様、有難うございました。
 それぞれの感覚や価値観の世界、それも抽象的な世界、のことですので本当に言葉による表現は難しいなあと思います。
 いずれにせよ「絶対」というものはありませんので、四弦亭酔響の価値観や感性による内容が、それぞれの方の音楽やオーディオの楽しみや理解の一助となって頂ければと存じます。
 大橋店主様からは「もっとスパイシーなものを書いて頂いても」というようなご感想を頂きましたので、回を重ねる事にそんな内容も皆様と情報を共有した上で書いて行きたいと思います。

 今回は「大橋店主様 男の城 地鎮祭記念号」特別寄稿として不定期更新ですが早々にアップさせて頂きます。(毎回そんなに早くはアップできませんのでご容赦ください)

 「祝地鎮祭」ということで大橋店主様をヨイショする訳ではありませんが大橋氏の音や音作りの概念や造語は卓越しており、その造語を引用し「音楽とオーディオの交差点」のテーマとしてみました。

 今回からテーマから横道に外れた短い文章は「ブレイク」として挿入してあります。どうも四弦亭は文章を書いていますと直ぐに横道にはずれてしまうので、文脈が分かりやすいように工夫(言い訳)してみました。
 ブレイクの内容はそこからどこまでも深く掘り下げることも出来ますので今後をお待ち頂ければと存じます。

 今回からテーマから横道に外れた短い文章は♪パウゼ♪として挿入してあります@。どうも四弦亭は文章を書いていますと直ぐに横道にはずれてしまうので、文脈が分かりやすいように工夫(言い訳)してみました。ブレイクの内容はそこからどこまでも深く掘り下げることも出来ますので今後をお待ち頂ければと存じます。


「固い音・柔らかい音???」

 楽器(ヴァイオリンや弦楽器を中心としたものとなります)を選んだりその音を表現する場合の言葉というものがオーディオ業界のように弦楽器の業界にもあります。
 本題に入る前に今回のテーマの経緯をお話しさせて頂きたいと思います。大橋さんとの交流が四弦亭のオーディオシステムの新調というところから始まったというのは初回に書かせて頂いた通りです。実際に私は中学校から大学に入る位まではオーディオに凝っていましたし、それこそお金がありませんので長岡教の門を叩いたこともありました。
 しかしその後、オーディオへの興味はありながらも別な演奏や楽器への費用もかさむことから、オーディオ熱は封印していまして、約20年振りの新調ということだった訳です。

♪パウゼ(開始早々失礼します)♪
 はっきり言って音楽を楽しむとか研究するとかという観点で言えば、ラジカセだってウォークマンだって、古いステレオだって良い演奏であれば楽しめますし善し悪しは自分なりの判断は出来ます。また、自分の頭で補完できれば研究も出来る訳でそういう意味では実質的な不便は感じませんでした。
 ただ、出来れば良い音でゆったり音楽を楽しみたいものだという、オーディオの趣味性に関してはまったく否定しませんし、私もそうだから新調をして現在その再現を楽しんでいる訳です。
 「なぜ良い音楽や演奏はどんなもので聴いても良いものなのか」というテーマは今後振れて行きたいと思っています。
・・・♪

 最近のオーディオの音の確認ということで、オーディオ誌などを読んで気になっていた機種を中心に、秋葉原めぐりを何回も行いました。あるオーディオ店で、担当の方とお話ししていましたら、「この@@というメーカーは音が固いのでクラシック向きではありませんのでお聞かせする必要はありません」ときっぱりと言われて、興味があったそのメーカーのものを聞かせて頂くことができませんでした。
 私の頭では「固い音って????」と疑問符だらけで、何を基準にその店員は「固い音、柔らかい音」を決めているんだ?となった訳です。その店員さんはそのフロアの責任者として名コンサルタントとして自負していらしゃるようで、初めから不向きなものは聞かせる必要がないということを自分のお客様へのガイドとして自分はあるのだ、というようなことも言っていて、バイトの店員ではない人なのです。

 つまりクラシック向き=柔らかい音、ジャズポップス系向き=固い音とその店員は考えている、または多くのお客様と接する中でそういう概念でカテゴライズをしているのだ、と私は理解せざるを得ませんでした。なんて、単純な馬鹿な区分けなんだろうと私は思いました。これは自分を信じてとにかく秋葉原を回って聴きまくり、自分の各オーディオの音や再現の種類のパレットを増やして判断するしかないなとさらに確信を深めたきっかけで、逆にそれは良い体験をしたなとも思います。

「共感・信頼・自己責任」

 大橋様とはそんなこともあって、様々なご意見や情報を頂いたり交流をしてゆく中で(当然のことながらキット屋様の製品は一度も聴いたことはありませんでした)また「HPひとりごと」を含めて、文字や言葉だけの交換でしたが、なんとなくキット屋さまの作られる製品の音やその理念や音楽への愛情や理解というところで「共感」「信頼」が芽生えて行きました。
 楽器選びでも同じなのですが、所詮奏者が所有して長く演奏する楽器というのは数丁、ステップアップして行く中で多くても10数丁程度でしょう、何百万から千万単位の楽器になればステップアップもそう容易に出来るものでもなくそのあたりからは各自の懐次第。

 手にしてテストする楽器は当然のことながら何十場合によっては店頭でテストするものだけなら裕に百単位の楽器は生涯に弾く(テスト、触る、見る、弾く)ことはあります。弓だって同様です。
 かく言う私にしても、実戦で使うメインとサブ以外にも古楽器(こがっき/ふるがっきではありません)を含めて現在数丁所有しています。弓はもっと多いです。そこに至るにも多くの楽器が私の手を過ぎて行きました。
 私はどうも凝り性なので、それこそ海外も含め多くの楽器ディーラーや製作者のもとを訪れ、交流し、調整や修理も行ってきましたがここ10数年はある一人の調整修理を主に専門にやりながら、楽器も取り扱っているある専門家に全幅の信頼をおいて楽器や弓を調整したり修理したり、購入しています、そして納得し満足しています。当然、そこに至るまでには私自身も多くの勉強代は払ってきていますが。
 これを書き始めると楽器のお話しも行わないといけないですね。今後をお待ち頂ければと思います。

 楽器であれオーディオであれ、購入するということは当然「自己責任」であるものだし、あるべきであって、誰もそれに担保はしてくれません。でも、出来るだけ早く、自分の価値観や考えを理解し、その目的を達成するのに寄り道をしないように、水先案内というかガイドとなり、時には誤りを指摘してくれたり上手に修正してくれる専門家と巡り会うことが、余計な出費や回り道をしないで目的を達成させることが出来るということです。

 当然、購入したとしても楽器にしてもオーディオにしてもその音を作り育ててゆくのは、ご自身以外にありません。どんなに良い楽器でもその能力を最大限に発揮しかつ、良い方向に育ってゆくには定期的な検診、調整、修理というものは必要です。人間の身体も同じではないでしょうか。
 形あるものは必ず壊れます。でもその楽器や機器の人生をきっちりと伸び伸びと良い状態で歌わせて上げるのはその使用者の適切な理解とケア次第ではないでしょうか。必ず、手をかえればかけただけ、返してくれるものが良いものではないのかなと思います。

「楽器の音の表現」

 さて、「固い音、柔らかい音」のテーマに具体的に迫って行きたいと思います。

 楽器の音を表現するのに使う言葉として「良く鳴る」「各弦、各ポジションのバランスが良い」「明るい音」「暗い(ダーク)な音」「反応が早い」「倍音が奇麗」「基音と倍音のバランスが悪い」「大きい音がする」「甘い音」「パリッとした音」「輝かしい音」「切れが良い」「表情がつけやすい」「豪快な音」「繊細な音」「太い音」「音のパレットが多い」「もっと良い弓で弾かないと」
 そして「固い」「柔らかい」なんて言葉も使わないではありませんが上のクラスの名器にはあまり使いません。
 で、実際に音自身を表現するものとしては「明るい」「暗い」「奇麗」「甘い音」位で良く思い出してみてもあまりありません。「固い柔らかい」のような言葉はあまり使いませんし、どちらかと言うと性能や弾き心地(奏者との相性)、イメージした音や表現がその楽器で表現出来るかとかが重要になっていることに実際にある程度以上の楽器に重要視されるのは「表現の豊かさ」「音のパレットの多さ」「発音や立ち上がり」「音程ー響に絡む」「各弦や各音域のバランス」などどちらかと言うと性能というか機能というか、そんなものに属するもののほうが多いのです。
 でも、いろいろ考えてみましたら一つありました、それは初心者(特にレイトスターター/大学オケも含め)がエントリー楽器を買う時に表現したりします。また、それを対応する店員なんかが「これは柔らかい音ですよね」なんて言っています。但し「固い音」という言葉はそういう楽器選びでも「柔らかい音」の対の言葉としては使っていないような気がします。敢えて言えば「甲高い、きつい音」「響のバランスが悪い音」「鳴らない楽器」なんかで表現されているような気がします。「固い音」ってやはりあまり表現として聞いたことは記憶にありません。でもオーディオの世界では日常的に認知されているような言葉で使われている。これは注意が必要だと思います。

♪パウゼ♪
 良い楽器とは、その奏者のイメージしている音楽や響のイメージを多数の音のパレットから適宜抜き出し混ぜて適切な表現でお客様にきっちりと到達し伝えられる楽器ということではないかなと思います。
 語弊をあえて顧みなければ「大きくて小さくて明るくて暗くて、柔らかくも固くも」どんな音も奏者次第で作り出せる楽器、当然、その奏者の好みやテクニカル上の様々な弓や指を通した入力に対し適切に呼応、反応してくれる楽器ということになるかもしれません。
 楽器は大雑把に言えばストラド型、ガルネリ・デル・ジェス型、アマティ型等の基本的な型やサイズによって音の傾向は決定してきます。だから現代の名巧が適切な技術と木材によってある型に合わせて製作すれば音の傾向は同じ方向になると言うことです。実際に将来現在のストラドのような音になるかどうかは我々は確認出来ません、なぜなら100年単位での年月と演奏経験が必要になる訳ですので。
 でも、SPでも密閉型、バスレフ型、バックロードホーン型、様々な形態によって音の傾向が似ているということと同じなのではないかなと思います。最近多い細長いもの、フロントバッフルがスラントしているもの、四角ではないものはその形状によってもなんとなく音の傾向は分かれませんか?まあそのようなことと考えて頂ければと思います。何が好みかは各個人の判断でしかありませんので。
・・・♪


「大橋店主の音の概念・造語の卓越したセンス」

 別にヨイショするわけではありませんが、大橋様は私の記憶するかぎりでそんな(固い/柔らかい)表現は用いていなかったと思いますし、「柔らかい」=クラシック向きなんて訳の解ったような意味不明の言葉は使用されていませんでした。
 最近の大橋オーディオの概念や造語では「近い音」「遠い音」「音触」なんていう言葉が出色だと思いますし「上方リニア」「下方リニア」もとても私の感覚に理解できる表現だと思ってます。素晴しい言葉達です。

 「音触」が柔らかい、固い、なら、自分のオーディオの経験を通しても理解できますし、そういう意味で「良い楽器は音触はとても柔らかい」と言うことは出来ます。でも「音」自体が「柔らかい」ということはなかなか理解しずらい。

「柔らかい音の楽器は駄目楽器?」

 実際に音が柔らかいという表現が楽器に向けられる場合は「音の芯がない」「近鳴り/ボーボー」(という感じで悪い楽器への言葉)「反応が良くない」なんて思ってしまいまして、良い楽器への表現には決してなっていないなあ、ということです。
 まあこれは奏者がそばで聞いてそういう感じがする訳で、残響のあるホールというアコースティック空間を通してしまえば、そういう表現を奏者(耳元で)表現した「柔らかい音」は音がホールの隅々まで音が届かないし、そば鳴り、と言って耳元では鳴っているけど、全然音がホール等の空間には響きません。大橋語を使えば「上方リニア」でもなく「下方リニア」にもなってない、表現力のまったくない駄目楽器ということになります。

 良い楽器と良いホールによって聴衆の位置では「音触として柔らかい」つまりビロードのような皮膚感覚の心地良い感覚は理解出来るという訳です。

 オーディオで言いますと真空管アンプは多分(多くの経験はありませんが)音触が良くとても楽器の感じや響の表現が良いのではないかと思います。当然SPとの組み合わせもありますが、私の使っているタンノイ(セットアップや使いこなしにはかなり手を焼きましたが)は音触が実際の楽器の音触に近い感じがしています。当然エージングは必須です。

 私はSVー501SEという300Bシングルアンプを使用していますが、これは大橋語で言えば「近い音」になるようです。501SEに関しては大橋様と多くのやり取りをしていた時期に重なり、僭越ながら、なんとなく私も音決めに参加していたような感じも抱いているので思い入れがない訳ではありませんが、現実には実際の音も聴かぬまま「信頼」「共感」「自己責任」において発注してしまったのです。
 で、結果は、大橋様を信頼して良かった!と私にとってはイメージしている音を現システムで創ってゆくのに必須な最高のアンプとなっています。
 私自身もまあいつも近い?音を聞いていますので、近い音を求めるのかもしれません。これは奏者だからというよりも好みではないかと思います。
 1階の最後列付近や2階以上からのオケの各楽器というより響やマスとしてまとまった音や響がお好きな方はPPアンプを好まれるようです。まあ、それにしても程度問題で、SPや部屋のアコースティック環境、またSPからの聴く位置によっても大きく変化しますし、メーカーによっては真空管だからと言って私にとってはまったく「下駄箱がなっているような音」(by 五味康祐氏)のように感じるものも少なくないのでこれも一概には言えないことかもしれません。

「壁を余裕で2、3枚抜けて行く音」

 時々、前述の私の信頼する楽器技術者の方が話で「この楽器、余裕で壁2、3枚音抜けてゆきますよ」という表現をすることがあります(まあこれはその方と私の話しの場合だけかもしれませんが)。
 実際に工房のあるマンションの部屋で弾いていても、玄関のドアの外にいてもスーと音が通って聞えてくる訳です。だからと言って、その楽器が耳元で特段大きい音ではないのです。
 所謂、名器というのはまさにこういう性能?をもっているのです。音の浸透力が高いというか、これを楽器的には一般に「遠音(とおね)が利く楽器」といったりします。まさに、最弱の羽音のようなピアニッシモであってもツツーとその音のもつ輝きや張を失うことなく、大きなホールの隅々のお客様の目の前(耳のそば)で聞えてくる訳です。
 まあ当然フルオーケストラの中で一人ソリストが弾いている音がそのオケから出てくる音からグンと抜け出てくることで協奏曲になる訳です。現実にはまあどんな楽器を使っていたとしてもオケはそのソリストの音やメロディがお客様に聴こえるように音量やバランスは調整してはいるのですが。
 それにしても、音が通らない楽器ではメッセージがお客様に届く前にお辞儀をして床に落ちるか、空間から薄くなって消えてします。

♪パウゼ♪
 楽器はそれぞれの時代が求めたホールの大きさや音楽の変遷の歴史において通る音でなおかつ大きい音を求めるように改造されています。簡単に言えばストラドはストラディヴァリ自身が作った時と同じ音や音量、ではありません。上記の時代の要請によって改造されていることは記憶しておいて頂ければと思います。このあたりも別の機会に書かせて頂きたいと思います。
・・・♪

 で、私はオーディオでも同じような経験をしました。つまりセットアップやチューニングが決まった音は、他の部屋やトイレ(失礼)にいても、音楽の骨格や響の音触を失わないで漏れ聞えたり、浸透してくる。ということです。不思議です。逆に決まってない音の場合はどこかがブーミーになっていたり音楽を伝えるなんらかの一部が欠落しているようで、聞き入るようなことにはならないと言うことです。

 どうしてなのかな?というところで、実は以前HPひとりごとで大橋様が「鮮度高い音として感じるものの構成要素」ということに出てきた見解をだされていた、「帯域バランス」「発音と減衰」というキーワード第一回でも触れたようにまさに楽器の善し悪しにも通じる本質的な部分にその秘密が隠されているようです。
 まさに、「オーディオとの音楽の交差点」を感じる次第です。

 第2回「大橋店主様 (再)地鎮祭記念 特別寄稿」を終わりたいと思います。おつきあい頂き誠に有難うごさいました。
つづく。

オーディオと音楽の交差点 第2回
四弦亭酔響
2003/9/26
  (無断転用転載禁止)

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