Appendix F高
現在の雑記帳
古いオペラを聴いてみよう


モノローグ(297) Dec. 1.2018

目の前に、昔録音された3組のオペラがあります。一つはモーツアルトの「魔笛」のDVD盤であり、もう一つは同じくモーツアルトの「魔笛」のCD盤です。また最後にある「ラ・ボエーム」は珍しくプッチーニの作品ですが、久しぶりに聴くその印象はいかがでしょうか。そしてこれらの3録音は特に比較するために購入したもので、この「音楽のすすめ」には初登場。


キャストの一覧を示すと下記のとおり。
夜の女王    ルチアーナ・セッラ
パミーナ    キャスリーン・バトル
パパゲーノ   マンフレート・ヘム
ザラストロ   クルト・モル
モノスタトス  ハインツ・ツエド二ク
弁者      アンドレアス・シュミット
ジェームズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団
グース・モスタート演出
1991年2月実況

既に11種類の「魔笛」を持っていますが、ある時期以降のベームをどう解釈すべきか、等がまだ問題点として残っています。ここにあるセッラの「夜の女王」は私がわりに気をつけて来た人として、注意深かく聴きました。技術的にはなお第一級だと思えます。ただし全てがそうではなく、時として歌い飛ばすようなところがある気がしました。2カ所ある「夜の女王」のアリアの締めくくり部等。才能のある割に録音が少ないため、欲求不満でした。彼女は「ホフマン物語」で聴いて以来、好きだったソプラノ。

これに対しアライサのタミーノの方は、なぜか色香が薄い気がします。それは1981年の「シンデレラ」で余りに上手く王子様を演じていたので、期待してしまうことへの反動。この1991年というのは余りに遠く、時が経ってしまったことを感じさせます。10年というのは短くない上に、演出家モスタートの指導が甘かったのかも知れません。バトルのパミーナは問題なくこれが適役だと言えそうです。実際彼女は嬉々としてこの役を演じています。それにバトルは高音部をさらりと歌っているのが良いと思います。「ドイツ語の発音が覚束ない」等、色々問題があるかも知れませんが、私の耳に心地好かったのです。

3人の童子が空中に現れる場面は、スムースですが、何か笑顔が消えてしまっています。残ったのは無表情のマネキンみたいな顔。怖いのでしょうか。あれは別にあった、スウェーデンの3人の歌が素晴らしかった、と思います。メットの方は、意外な影響要素として(私の勝手な印象ですが)あのメットの舞台が横に広すぎたのかも知れません。つまりメットは余りに巨大なため、あの間口を全部生かそうとすると、舞台の諸役は戸惑ってしまうのでは?その他の大道具、小道具等もこのサイズがやや合わない。動物達と遭遇する場面は特にそれがいえます。「夜の女王」の場面は上下方向を強調する演出だったら良いかも知れません。大きな劇場でやるので、切れ味はやや弱まっています。レヴァインらしくない、どこか異国で出会った様な「魔笛」でした。

 

もう一つの方は下記の通り。
夜の女王    ジョーン・サザーランド
パミーナ    ジョーン・カーライル
タミーノ    リチャード・ルイス
パパゲーノ   ジェレイント・エヴァンス
ザラストロ   デーヴィド・ケリー
モノスタトス  ロバート・バウマン
弁者      ハンス・ホッター
オットー・クレンペラー指揮 コヴェント・ガーデン管弦楽団
1962年1月実況

なぜかクレンペラーの棒は意識的に早い。通常ならクレンペラーの指揮は遅くなるのに、なぜこんなに早いのでしょうか。クレンペラーは2年後にもう一度「魔笛」を聴かせてくれています。私自身の評価を読み直しても、あまり早さの印象が残っていません。となると、クレンペラー内部で考え方が違ってきたのかも知れません。タミーノの歌も早いのですが、余りそれをあげつらいたくありません。パパゲーノを歌うエヴァンスは、極く普通でした。それにエヴァンスはこのコヴェントガーデンで実況を聴いた事がありますが、それほど目立った欠点はありませんでした。ホッターの弁者は堂々としていて、彼のこの役への傾倒ぶりを楽しめます。彼は実際すばらしい。

そうすると繰り返し書かれて居るこの演奏の出来映えの悪さは、サザーランドの喉のことか、とも考えたのですが、サザーランドの「夜の女王」ってそれほど悪いものではありませんでした。どうしてサザーランドというと、特殊な色眼鏡を掛けてみようとするのでしょうか。欠点が無い訳ではなく、繰り返しの部分で、高音がちょっと淀むのです。それでも目を瞑って聴けば、サザーランドはそんなにおかしい歌手では無かったのです。

ただ一般論として、高音を楽々出すソプラノ全員が「夜の女王」を得意に歌えるのではない。「夜の女王」みたいな曲に相応しい切れ味の良いソプラノ(レリ・グリスト等)と、かたや音としては高音を楽に出せるが切れ味が悪いタイプ(ルチア・ポップ等)もあるのです。そして代りに後者はクスんだようなロマンティックな味わいを出すのも得意です。サザーランドは後者だと考えます。そしてエディタ・グルベローヴァもここ。この点をまず承知しておかないと誤解してしまいます。私はロマンティックな曲でのサザーランドの喉を賛美いたします。ただし「夜の女王」は負担が大きすぎます。

 

そして第3 の曲として、プッチーニの「ラ・ボエーム」のDVDがあります。キャストは下記の通り。
お針子ミミ   テレサ・ストラータス
ムゼッタ    レナータ・スコット
ロドルフォ   ホセ・カルロス
マルチェロ   リチャード・スティルウエル
コリーネ    ジェームズ・モリス
ショルナール  アラン・モンク
ベノア     イタロ・ターロ
アルチンドロ  イタロ・ターロ(上と同じ)
ジェームズ・レヴァイン指揮 メトロポリタン歌劇場管弦楽団
フランコ・ゼッフィレルリ演出
1982年1月実況

これを見終えた時、ストラータスの顔は血の色が無く、まさに肺結核で死んだ蝋人形みたいな、青ざめた表情でした。それだけ真にせまった演技と言うべきでしょうか。ムゼッタを演じるスコットが、蓮っ葉な感じで笑いまくっていて、それなりに頷けます。むしろスコットはこれを世の中に出すのをためらわなかったのかなあ、と思いました。ストラータスのミミは、声も演技もそれぞれに相応わしく、場面に寄ってはミミがまるで娼婦のごとく思わせます。それは一向に構いません。

演出は、第2幕と第4幕の画面作りが良かったし,特に第2幕は見事でした。あの巨大なスペース一面全部を使い、さらにそこに2重構造まで作ってあったので、これならカルチェ・ラタンの賑わいになると思います。オマケにそこに登場する人物が皆怪しく、商売を背負っていると思わせるのです。スコットのムゼッタもこの中で埋没せずに歌うので、別段問題はありません。

ストラータスは第4幕に向かって研ぎすまされるように、病身を強調します。これは上手い。ストラータスの代表作たる「椿姫」の画像を撮ったのは、この「ラ・ボエーム」と僅か1年半しか違いません。やはり演技でそう見えるのだろうと思います。ホセ・カレラスのロドルフォは、その声の小ささが気になります。あれではメットの大舞台を支えるのは無理かな。ショルナールやマルチェロの上手さがあるため、ロドルフォの声が目立つのです。あそこは絶叫でも良いのです。その方が尤もらしい。やはりゼッフィレルリの演出が大きな支えになっていますし、それを実際にメットの大舞台で実現した点は評価したいと思います。DVD売り手市場評価でも、このDVDは評価5を貰っていました。これは演出で実際のサイズに縮めてあり、スケール・ダウンした「ラ・ボエーム」でした。




 

千葉のF高

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