ジャズ・オーディオの雑記帳
 by 6041のS
気になる話(12月16日)

わが細君が、日頃のテニス仲間と昼食を共にした時のことであるが、仲間の一人がこんな話をしたという。
「先日私の夫が、今はバイオリニストとなってフランスに留学している娘の友達が、画家になって東京で個展を開くということで、家にいない娘の代わりに見に行った時の話であるが、その画家がこう切り出した。
お父さん、私はずっと心に引っかかっていることがあって、お会いしたらしっかりとお詫びしたいと思っていました。
それはこんな事だという。
小さい頃、娘のところに遊びに来ていて、バイオリンを触っていたら、何かの拍子に部品がはがれてしまったという。自分の不注意で壊れてしまったのに、謝りもせずに黙って帰ってしまったというのだ。
こちらとしてはそんな事はとっくに忘れていて、画家となった、その娘さんに言われるまで彼女が壊したとも思っていなかったのに、10年以上前のそんな出来事を、ずっと心に留めておくなんて、何と繊細なんでしょう。こういう感受性の強さが画家には必要なのかしら」
もちろん、仲間の夫は、そんなことは少しも気にしていないし、活躍を期待していると激励して帰ってきたという。

単にこれだけの話であるが、聞いて心に残っている話である。

バルネ・ウィラン(12月17日)

バルネ・ウィランは1937年にフランスに生まれ、1996年に59歳の若さで亡くなった。1950年代にマイルス・デイヴィスと死刑台のエレベータの音楽に参加し一躍有名になったが、この頃に録音された「バルネ」というアルバムが大好きである。このアルバムはパリのクラブ・サンジェルマンでのライブで、共演者はデューク・ジョーダン(p)、ケニー・ドーハム(tp)、ポール・ロベール(b)、ダニエル・ユメール(d)という、米国のベテランとフランスの若手ミュージシャンである。(このアルバムがきっかけでバルネのジャズを聞き出した)
その後フリージャズに傾き、そして一時活動を中断していたが、1986年の暮れに「ラ・ノート・ブルー」というアルバムを発表し活動を再開した。ここに載せた7枚のアルバムのうち6枚は活動を再開して後の、彼の恋人で画家のマリー・ムーアの手になる作品のデザインである。最後の一枚はマリー・ムーアとバルネ・ウィランが海辺で一緒に映っている「パッショーネ」という彼の最後の作品である。活動を再開後のバルネの演奏は僕のフェイバリットであり、ほとんどを持っている。
バルネのテナーはデクスター・ゴードン、スタン・ゲッツ、ズート・シムズにつながるとてもメロディアスなものである。彼が取り上げる曲はフランスの映画音楽、シャンソン、ラテン等メロディがわかり易くて、音も暖かくてしかも哀愁を漂わせ気持ち良い。亡くなった人が多い中で、これからを期待していたのに残念である。

バルネの一枚一枚のアルバムについてのぼくの思い出は、「バルネ」については10月11日のコラムで書いたが、それ以外にもいつか書きたいと思っている。




グレン・グールド伝(12月18日)

医者であり、優れたアマチュアのバイオリニストであり、グールドの友人である、米国のピーター・オストウォルドが書いた「グレン・グールド伝」(筑摩書房)を読んで僕は衝撃に見舞われている。
ピアニスト、グレン・グールドの孤高としか言い様のない内面的な世界を覗いて、そして、その価値観があまりにも我々と違っていて、しかもそこにある種の共感を覚える自分を発見して。

「グールドは孤高ゆえに、極端に自己中心的な人物であったことも事実であった。そして数々の問題も抱えていた。真夏に冬の重ね着をすること、「風を引くこと」への恐怖、直射日光により健康を損なうことへの恐怖、偏った単調な食事、演奏中の止むことのない鼻歌とうなり声(これを発せずには演奏できなかったようで、抑えようと息を止めることは、集中力を、つまり音楽を損ねることを意味していた)さらにグールドは聴衆を恐れていた。そして、私的で、十分にコントロール可能な録音の世界に引きこもってしまった。」ピーターは精神分析の医者としても一流であった。
しかしグールドの演奏するバッハの「ゴールドベルク変奏曲」は透明な孤独を映してきらめくアリアだ。これは僕の愛すべきCDの一枚である。これについては、30歳のグールド自らが次のように語っている。「要するにこれは、終わりも始まりもない、真のクライマックスも真の解決もない音楽、ボードレールの恋人たちのように「御しがたい風の翼に軽やかに乗った」音楽なのである。よってここには直観による統合がある。技能とか吟味から生まれ、熟練によって磨かれた統合である。芸術においてめったにないことだが、この統合は、権勢の高みにおいて勝ち誇るものの姿となって、私たちの潜在意識に訴えかけているのである。」

ぼくはグールドの音楽とともに人物にも興味を抱き、「グレン・グールド書簡集」(みすず書房)やジョナサン・コットの「グレン・グールドとの対話」(晶文社)、ミシェル・シュネデールの「グレン・グールド孤独のアリア」(ちくま学芸文庫)、横田庄一郎編「漱石とグールド」(朔北社)などを読んで楽しんだ。

ベートーベンのピアノソナタ第17番テンペスト、グールドの演奏するこの曲も僕の好きなものの一つである。彼の演奏は、曲想を極端なまでにデフォルメして演奏しているが、僕には好ましい。この曲については、もう一度整理してみたい。


ピアノソナタ第17番テンペスト(12月19日)

僕がベートーベンのこの曲に最初に出会ったのは、古く、学生時代に生協のバーゲンで、ピアノ曲というだけで買ったクララ・ハスキルの演奏したLPレコードである。濃いブルーの背景にハスキルの横顔が大きく映ったジャケットであった。当時ベートーベンのピアノソナタといえば「悲愴」「月光」「熱情」というのが相場であり、僕もその程度の知識であった。しかしこの曲を聴いて、その幻想的な雰囲気が、僕の当時の心情にぴったりであった。
「この曲は作品三一の三曲のソナタの中では内容的に最も特色の強いもので、一般に「テンペスト」の名で呼ばれている。全曲に異様に緊迫した暗い劇的なものが充満し、楽想も大胆なものになっている。第一楽章は、幻想と形式感とが美しく調和した音楽である。第二楽章は、二つの陰鬱な楽章のあいだにあってしみじみと憧れを叙情する音楽。しかも表情は非常にひきしまっている。第三楽章は、第一主題を主軸に一瞬の休息もなしに十六音符でかけまわる無窺動的な音楽で、熱気をはらんだような迫力は、たとえようもなく美しい。」(名曲解説全集・音楽之友社)

ぼくはこのようなことがあると、この曲を他のピアニストがどう演奏するか聞いてみたくなって来る。会社に入ってお金が稼げるようになると、この曲を演奏する多くのピアニストのCDを入手した。当時もっとも評価されていたバックハウス、ケンプ、それから好きなピアニストであるグールドなどなど。しかし幸運なことに、最初に聴いたクララ・ハスキルの演奏は、今でも僕の最良なものの一つである。しかしあのLPは会社の音楽好きな知人に貸したところ、素晴らしい、じっくり聴かせて下さいと言ったまま戻ってこない。あるきっかけでドイツより輸入の「クララ・ハスキル ザ・レガシイ」(全12枚)のCDを入手した。この中にLPで聞いたテンペストが入っている。今はこれを聞いて満足している。

ハスキルの演奏のどこが良いかというと、吉田秀和さんの言葉を借りて言うなれば「詩」があるのだ。澄んだ音色で、スケール感はそんなに大きくないが聞いていると、そこには詩情がいっぱい溢れているのである。同じような言い方をすれば、グールド演奏は一般的な意味のベートーベンの演奏とは異なり、グールド流の解釈でデフォルメされているが、ここにはグールドの「歌」がある。右の表は僕が聴いているピアニストの演奏時間の一覧であるが、グールドは第一楽章に緩急をつけ、第二楽章は非常にゆっくりと、第三楽章は矢のように疾走する。こんなにゆったりした第二楽章であるが、グールドの歌を聞いているともう終わったのかという感慨を抱いてしまうほどだ。リヒテルはとてつもなくスケールの大きい演奏である。第一楽章の出だしからして幻想的である。バックハウスは淡々とした中にもスケールを感じさせる演奏である。ケンプは起伏の大きいドラマティックな演奏である。ブレンデルは陰影を細かくつけた演奏である。


タケさんの音(12月20日)

タケさんのお宅にお邪魔して、初めて音を聞かせていただいてから1年が経つ。タケさんはタンノイのモニターゴールドをレクタンギュラー・ヨークの箱に入れたスピーカーを、SUNVALLEY AUDIOのSV-722(プリ)とSV-275(パワー)を用いてドライブしていた。その音の印象があまりにも強烈だったので、当時の感想を紹介する。

SUNVALLEY AUDIO同好メンバーとして、タケさんの音を聞いてから5日間が立ちました。タケさんのタンノイ・レクタンギュラー・ヨークから出る音は、楷書で書いた文字のような端正な音で、今までに聴いたことのない、タケさんが確立した素晴らしい音です。だが聞いていると少し緊張感を強いられ、もう少しリラックスしたほうが心地よいかなと思いました。しかし1週間が過ぎた今も、時々私の耳の中であの音が妙に懐かしく聞こえてきます。このこだわりは何であろうか。タケさんの音を聞いて、私の中で勝手に浮かんでくることは何だろうか。少し整理してみることにします。
もう一度タケさんの音を聞く機会があったら、私は、ジョージ・セルが指揮するクリーブランド・オーケストラでモーツァルトの交響曲第40番を是非聞いてみたい気がする。そうなんだ。あのタケさんの音はジョージ・セルの音なんだ。細部の隅々まで神経を使い、一糸乱れぬようにオーケストラを統制し、アンサンブルの心地よさを体感できるセルの音に、私はイメージをダブらせていたのだ。モーツァルトの40番といえば、ワルターの優しくて、ロマンチックな演奏が定番で、私も好きである。それに較べればセルの演奏は無機的で、機械的に聞こえる。しかし何回も聞き込んでゆくと、颯爽とした快感を感じる。ワルターには無い魅力である。
こう思うと、次にはピアノを聞いてみたいと思う。最初はミケランジェリの演奏するドビッシーの映像がよいと思う。ピアノの音色や響きを極度にコントロールしたミケランジェリの緊張感がひしひしと伝わってくるような気がする。次はグールドのバッハだ。ノンレガートで響きをおさえた、墨絵のようなグールドの演奏するバッハなら何でも良いような気がするが、若い頃のゴールドベルク変奏曲などはどうか。はつらつとした若さが伝わってくるのではないか。モーツァルトのトルコ行進曲も面白そうだ。こんな風に想像すると聞いてみたい演奏家が、次から次へと浮かんできます。
タケさんはあまりジャズは聞かないかもしれませんが、ぼくはジャズも聞いてみたい気がします。少しアバンギャルドなエリック・ドルフィのフルートなど良いように思います。アルバム「ラスト・デイト」より"あなたは恋を知らない"などどうでしょうか。演奏が終わった後でドルフィの肉声が聞こえてきます。
When you hear music, after it's over,
it's gone, in the air,
You can never …capture it again…

その後、今年の春にもう一度タケさんの音を聞かせていただいた。その時には、また空いた口が塞がらないほどに、タケさんの音は大変身していた。墨絵のような音から、ターナーの絵のような色彩感あふれる、繊細で粒立ちの良い音に。アンプもSV-2(2007)に変わっていた。タケさんの音からは当分目が離せない。

LPジャケット美術館(12月21日)

右に示したジャケットはカラヤン指揮ベルリン・フィルのボレロである。女性をモチーフにしたイラストでよく見るとBOLEROと読める。このジャケットの下に次のような解説が付いていたらどう思われるでしょうか。(絵はCDのもの)

「ジャケットはこれぞスペインという感じの踊り手たちで、よく見ると「BOLERO」の人文字。適度なエロチシズムもあり、見れば見るほど楽しいイラストだ。演奏もこうした名曲を振らせたら右に出るものはいない帝王カラヤンとベルリン・フィルの華やかなもの。《ボレロ》のほかは、ドビュシーが2曲。これらフランスものは、カラヤンもよほど好きだったようで同じ手兵ベルリン・フィルとともに、何回も公式録音している。それぞれの演奏に取り立てて際立った違いは感じられない。この3曲、いずれも1977年1月にベルリンで、この頃出現した4チャンネルのうち、CBSが開発したSQ方式で録音された。そういえば、ドイツ・グラモフォンでの《ボレロ》(66年録音)と比べると、「音場」重視から「音質」重視に変わり、まるでこのジャケットのように雰囲気も明るくなっているようである。」
(以上、高橋敏郎著「LPジャケット美術館 クラシック名盤100選」新潮社・とんぼの本より抜粋)

高橋さんとこの本については、雑誌「analog」のvol17に紹介されているのでご存知の方も多いと思いますが、一枚一枚のジャケットにこのような解説文が載っていたら楽しいと思いませんか。高橋さんはジャケットを、美の協奏、肖像は語る、現代史の一瞬、微笑みの国から、歴史を刻む、デザインの勝利、すぐそこにある「死」、の7つのカテゴリーに分類して100枚のLPを厳選して解説しておられる。

ぼくは、LPの演奏がどうだとか、録音されている音がどうだとか言って、強い関心を持っているが、ジャケットの美術的意味までも深く考えたことはない。しかしこの本を読んでもう一度手持ちのLPを眺めて、ここに解説してあるLP(ぼくの場合はオリジナル盤でなくて、ほとんどは国内版であるが)を発見すると、なんだか一段と大切に思えてくるから不思議である。

高橋さんにLPのもう一つの楽しみ方を教えていただいたようである。


肉ジャガのレシピ(12月22日)

ぼくの会社の先輩にとても料理のうまい人がいた。本職はデザイナーであったが、何事にも凝り性の彼は料理についても、フランス料理を中心に基本から勉強していた。ある時彼と一緒にキャンプに行き、彼の焼くステーキ料理を食べて、うわさに違わないその味の絶妙さにしびれてしまった。そんなことがきっかけで、ぼくも料理の本を買い込んで基本を覚えた。例えば、調味料を'さしすせそ'の順に時間差で入れるのは、分子量の大きさの違いで浸透力が違うことに配慮するためとか、大根おろしの辛味を抑えるには細胞を壊さないことが大切で、よく切れる、おろし器で力をあまりいれずゆっくりとやるのがコツであり、逆にわさびの辛さを出すには細胞を壊すことが大切で、力を入れてすりつぶすのが良いとかいったようなことから始めた。しかし実践が伴わなければなんともならないのが料理であり、ぼくは肉ジャガ作りを始めた。
肉ジャガには、牛肉、ジャガイモ、玉ねぎが必須である。肉は、バラ肉が標準であるが、お好みでモモ肉、スジ肉などを使うこともある。ジャガイモは崩れるのを嫌うのであればメイクイーンを、トロッと煮るのであれば男爵イモを使用するのが良い。甘味を出すためには、玉ねぎは辛味の強いものが良い。あとはお好みでしらたき、絹さや、椎茸、人参などを追加して工夫すればよい。調味料は、砂糖、みりん、酒、醤油が必須である。だし汁やゴマ油を使ったり、生姜を入れたり、酒粕を入れたりと、それぞれの工夫がある。

作り方の例
・だしをとり、しょうゆ、酒、みりん、砂糖で調味する。
・ジャガイモは皮をむき、二口で食べられるくらいの大きさに切り、面取りをし、水につけてアクと余分なデンプンを抜く。
・にんじんは皮をむき、ジャガイモより小さめの乱切りに。玉ねぎは半分に切って芯を取り、くし形にザク切り。絹さやは筋を取り、軽くゆでる。牛肉は小間切れや切り落としならばそのまま、長い場合は四つほどに切る。糸こんにゃくはゆでてアクを抜く。
・鍋にたっぷりのサラダ油を熱し、ジャガイモと人参を入れ、全体に油がからむように炒めたら、玉ねぎを加えてさっと炒め合わせる。
・野菜の上に並べるように肉を入れ、先に調味しただしをひたひたになる程度に加える。
・強火で煮立て、煮汁が沸騰したら糸こんにゃくを加え、浮き出たアクを取って、落としぶたをし、強めの中火に落として15分ほど煮る。
・煮汁が少なくなったところで鍋をゆすって、上下を入れ替える。
・火を止める寸前にさやえんどうを入れ、味をなじませる。

僕は、たっぷりの玉ねぎと、半分煮崩れしたジャガイモで、トロッとした感じの肉ジャガが好きである。以上のようなレシピを頭に入れて、わが細君に改めて肉ジャガの作り方を聴いたところ、「今まで何年私の肉ジャガを食べてきたの。何にもわかっていなかったのね」と、手痛い反撃を受けた。人の縄張りに不用意に入らないようにしなくては。
それでも時々肉ジャガを作っている。

たまねぎについて(12月23日)

たまねぎは、ぼくが好きな野菜の一つです。料理としてはオニオンスライス、オニオンスープ、肉じゃが、味噌汁の具などが好きで、これらはぼくの数少ない料理のレパートリーの中でも得意な方です。
たまねぎの原産地はインド北西部と中央アジア南西部と見られています。栽培の歴史は古く、ピラッミッド建設に当たった人々は大量に消費していたという記録が残っている程、古くから重要な野菜とされています。世界各地に広まり、現在ではほとんどの地方で栽培されています。日本への伝来は比較的新しく、本格的な栽培が始まったのは明治時代に入ってからです。
種類は大きく分けると辛たまねぎと甘たまねぎに別れます。日本ではほとんどの種類が辛たまねぎです。甘たまねぎは赤色種の「湘南レッド」などが生食専用として、一部に利用されています。
たまねぎは炒めたり、煮たりすると非常に甘くなります。これは、たまねぎに含まれる「硫化アリル」あのたまねぎの独特のにおいの成分が加熱されて、「プロビル・メルカプタン」という物質に変わるからです。プロビル・メルカプタンは砂糖の50倍の甘さを持ちながらも、ノンカロリーなので、自然で健康的な甘みが味わえます。しかし、栄養をとるなら、何といっても生食が、一番です。調理すると、その栄養は半減してしまいます。スライスたまねぎにするときも、栄養を損なわないようにするためには、あまり水にさらさないほうがよいのです。生のままみじん切りにして、醤油やごま油、あるいはドレッシングをかけて食べる方法が最適です。
たまねぎは、昔から強壮力のある食品、つまりスタミナ食品としてよく知られてきました。にんにく同様、あのにおいが、効率よい栄養素の吸収に役立つのです。このにおいのもとを「硫化アリル」といいますが、これがビタミンB1と結合して、その吸収を高めます。スタミナを増強しようとするなら、生食がいちばんよく、ゆでたり、炒めたりすると、効果は半減します。生で食べると気になるこのにおいを消すためには、食べた後、牛乳を飲んだり、たまねぎと一緒に卵やチーズを食べると効果的です。においのもとがたん白質と結合して、においが残りにくくなります。周囲の方へのエチケットも考えて、おいしくたまねぎを食べ、さらにスタミナをつけましょう。

以上たまねぎについて調べてみました。でもこの野菜は比較的好き嫌いのはっきり分かれる野菜で、嫌いな人にはまったく興味ないですね。たまねぎに深入りしすぎたかな。

今年購入した音楽本(12月24日)

「ジャズ」
・エヴァンスを聴け 中山康樹 ロコモーションパブリッシング
・コルトレーンを聴け 原田和典 ロコモーションパブリッシング
この2冊は、演奏者のアルバムを年代順に紹介したものでディスコ・グラフィー的にも使用でき、読み物と同時にアルバム購入の指針ともなる。
・カウント・ベイシーの世界 上野勤:訳 スイングジャーナル社
カウント・ベイシーの単なる伝記ではなく、30人以上の仲間たちがベイシーの魅力とかエピソードについて語っている。
・JAZZ名曲入門 後藤、中山、村井編集 宝島社
ジャズのスタンダード曲100曲についての名盤を紹介した本。曲で分類というのが新しい。What's New? ではスタン・ゲッツ、ヘレン・メリル、ジャッキー・マクリーン。
・ビル・エヴァンス 相川京子:訳 水声社
エヴァンスの生涯と音楽の変遷を記したもの。
・世界最高のジャズ 原田和典 光文社新書
元ジャズ批評の編集長が語る硬派ジャズの本。
・ヴァン・ゲルダー決定版101 後藤誠:監修 音楽出版社
ヴァン・ゲルダーがブルー・ノート、プレスティッジ、インパルス、その他のレーベルに残した名録音盤についての解説書。
・マイルス・デイヴィス大全集 ジャズ批評91 ジャズ批評社
ジャズ批評社が出している最新のディスコ・グラフィー付の人物評論、マイルス以外の演奏者も多く出版され、大変便利な1冊である。
・私の愛した音楽・映画・舞台 野口久光 ミュージック・マガジン社
「レコード・コレクターズ」に連載された野口さんのコラムをまとめたもの。興味尽きない。

「クラシック」
・モーツァルト、奇跡の音楽を聴く 宇野功芳 ブックマン社
モーツァルトの音楽の魅力について語っている。
・クラシック人生の100枚 宇野功芳:編 音楽之友社
・いいたい芳題 宇野功芳 学習研究社
著者の音楽以外も含めたエッセイ集
・比類なきモーツァルト 武藤剛史:訳 白水社
ちょっと読んだだけでは、内容がなかなか理解できない本。
・ピアニストの名盤 本間ひろむ 平凡社新書
・最新音楽用語事典 リットーミュージック社

新刊だけでなく、中古で入手した本もあるが、こうしてリストにしてみると半分はチラッと目を通した程度のままである。

1年を振り返って(12月25日)

早いもので、今年もあと1週間で暮れようとしています。人は何のために生きるのか、生きがいとは何か、そんなことで真剣に悩んだ時期もありました。その時の取り敢えずの答えとして、何か仕事でも、趣味でも、ボランティアでも良いから社会と関わりを持って、少しでも良いから、世のため人のために役立っているという実感が大切だと思いました。そして、気を取り直して、自分に出来る範囲で精一杯仕事に励もうと思いました。それも今はよき思い出として、今年7月で定年退職をいたしました。仕事に関しては、後を託せる後輩もおり区切りをつけたと思っていますが、一緒に働いた人たちの顔がなかなか見られないのは、正直言って少し寂しい気もしています。幸いに会社の永年勤続旅行を一緒にした仲間とは今でもお付き合いがあり、今年も沖縄旅行をして来ました。
今は、畑仕事に精を出しています。一番の仕事は、畑に雑草をはやさないことです。これがなかなか大変で、夏には毎日の雑草取りが欠かせません。夏には定番のなす、胡瓜、トマト、秋にはサトイモ、そして今は大根、白菜、春菊などを収穫しました。トマトはうまくいきませんでしたが、近くの先輩に色々と教えを請いながら、来年はもう少し腕を上げようと思っています。基本は土つくりと肥料の与え方、そのためには植物の状態をよく観察しての、診断が大切だと指摘されました。
もう一つの大切な仕事は、二人いる孫の世話です。普段は離れて暮らしていますが、時々頼まれると、女房と二人して良きジジ、ババになろうと一生懸命です。一日預かるとぐったりと疲れてしまいます。まだ1歳ちょっとの孫の行動を見ていると、道端に落ちている一つの小石、枯葉にも興味を示し、好奇心の塊ですが、私たちが普段当たり前のように思って、見過ごしてしまうことにも、感動はあるものだと思い知らされています。
そして趣味の音楽とオーディオです。ここでも良き仲間に恵まれて、背中を押され、またSUNVALLEY AUDIOの大橋さんのご好意もあり、このような雑記を書かせてもらっています。好きな音楽とオーディオについて仲間と語り合い、音を聞かせてもらい、時にはアンプを製作し、私の好奇心はまだまだ続きそうです。それからジャズ喫茶「グット・ベイト」、ここのマスターにはジャズだけでなく、色々な人を紹介していただいたり、色々な情報を貰ったりして、世話になっています。その一端は以前ここに紹介したとおりです。
とりあえずは、そんなこんなで、退職後の半年があっという間に暮れようとしていますが、世の中はそんな暢気なものでなく、地球の温暖化、石油資源の枯渇、競争の激化に伴うワーキング・プアの出現、などなど、皆で知恵を出し合って解決しなければならない問題が山積しています。こういった事にも関心を持ち続けて行きたいと思っています。
(どこからか、かっこ良いことを言う前に足元を見よと言っているような気もしますが!)

締まりのない話になってしまいましたが、私の拙い雑文を読んでいただいている皆さんに感謝しながら、皆さん良いお年をお迎え下さい。(26日から来年の1月5日まで休みます)

ページトップへ