ジャズ・オーディオの雑記帳
 by 6041のS
「ジャズ・ポエット」トミー・フラナガン・トリオ(2008.7.16)

トミー・フラナガン・トリオの代表作というと「オーバーシーズ」「エクリプソ」「ジャイアント・ステップス」などの名前が挙がるが、不思議なことに「ジャズ・ポエット」がなかなか出てこない。後藤誠氏が1993年にトミー・フラナガンにインタビューした時に、あなたの初リーダー作(オーバーシーズ)は、今もあなたの代表作として有名です、と言ったら、少し不満そうに、自分としては「ジャズ・ポエット」の方が気に入っているし、内容も上だと思う、と答えたと、本に書いている。ぼくもそう思っているのに、何故注目されないのか不思議である。

Jazz Poet / Tommy Flanagan (Timeless [H] SJP 301)
Tommy Flanagan (p) George Mraz (b) Kenny Washington (d) ; NYC, January 17 & 19, 1989.

1.
Raincheck
2.
Lament
3.
Willow Weep For Me
4.
Caravan
5.
That Tired Routine Called Love
6.
Glad To Be Unhappy
7.
St. Louis Blues
8.
Mean Streets
9.
I'm Old Fashioned
10.
Voce Abuso

このアルバムは、作品としての出来も素晴らしく、またバンゲルダー録音で大変音も良い。しかし発売がヨーロッパという事で注目が低かったのかもしれない。日本でのCDの発売は最初アルファレコードで、そのあとM&Iからの発売となっている。これまた不思議なことに、ジャケットはほとんど同じ(色の濃淡、文字の大きさが少し異なる)であるが、曲の順序、ライナーノーツ、そしてマスタリングの違いで、音の傾向が大きく違う。
ぼくの好きな曲は、1曲目のRaincheck、そして8曲目のMean Streetsである。この曲は「オーバーシーズ」の中ではVerdandiとして取り上げられ、エルビン・ジョーンズのハイスピードなドラムが際立った曲であるが、ここではケニー・ワシントンのこれまた素晴らしい技が聞け、彼に敬意を表して、彼の通り名であるMean Streetsと改題されているのである。
ついでに「オーバーシーズ」であるが、ヨーロッパで発売されたオリジナル盤は、ジャケットがトミフラの横顔である、アメリカ盤はグリーンにCの文字のデザインでこちらの方が有名である。日本盤のCDではこれまた録音レベルが大きく異なる。


「オーバーシーズ」トミー・フラナガン・トリオ(2008.7.17)

トミー・フラナガンが初リーダー作「オーバーシーズ」をメトロノームで製作したのは、1957年8月15日、ストックホルムでのことである。メンバーはトミー・フラナガン(p)、ウィルバー・リトル(b)、エルビン・ジョーンズ(d)で、これはJ.J.ジョンソンのヨーロッパ演奏ツアーのリズムセクションのメンバーである。したがってリーダー作といっても、レギュラーグループではない、エルビンのホットなドラムに触発されて、いつになくトミーもホットである。そこからこのような傑作が生まれたのである。アメリカでは、トミー・フラナガンは優れた伴奏ピアニストとして広く知られていたが、誰も彼のリーダー作を製作しようとは思わなかった。この「オーバーシーズ」を製作する前に、ソニー・ロリンズと「サキソフォン・コロッサス」とかケニー・バレル、J.J.ジョンソン、ミルト・ジャクソンなどと多くの録音をしているのである。
このように初リーダー作が北欧のメトロノームというマイナーレーベルから出たために、当初日本では入手が難しく、幻の名盤と言われたのである。タイトルも" Tommy Flanagan Trio Overseas "以外に" Tommy Flanagan Trio in Stockholm 1957 "というタイトルも内容は同じである。ジャケットも実に多くの種類があるのでその一部を紹介する。


これ以外にも、デスクユニオンから発売されたものには、異なったジャケットが使用されているようである。


天才、スタン・ゲッツのジャズ(2008.7.28)

連日、35度を超える猛暑日が続いていたが、今日は朝から雷と雨になり、気温も26度以下に下がり涼しい。この10日間は、色々な事があり雑記帳も休みにしていたが、今日は朝から好きなスタン・ゲッツのジャズをずっと聴いている。
スタン・ゲッツについて"耳を澄ませば人生が聞こえてくるよ"と言ったのは確か寺島靖国さんだと思う。ぼくは、ゲッツはメロディの天才だと思っている。そして寺島さんの言うように、ゲッツは時代時代によって感情表現が変わっているのである。ゲッツの人生がどのようなものであったか、簡単に整理する。
スタン・ゲッツは1927年2月2日、アメリカ合衆国フィラデルフィアのハーレムで貧しいユダヤ系ドイツ人移民として生まれる。16歳になった時にプロのミュージシャンを目指し、バンドに参加し、ジャック・ティガーデン、スタン・ケントン、ベニー・グッドマンの各楽団で活躍した。1947年にウディ・ハーマンのヘカンド・ハードに在籍し、リード・セクション"フォー・ブラザーズ"の一員として名を上げ、アーリー・オータムなどの歴史的名演を残し、クール・ジャズを代表するテナー・サックスとして定評を得る。そのあと自己のグループを結成して活躍するが、一方で麻薬にも手を染めるようになり、1954年には麻薬を買う金ほしさにコンビニ強盗を起こして逮捕されてしまう。
服役を終えた後は、ノーマン・グランツの主催するJATPに参加し、北欧へと旅行をする。その後、61年までコペンハーゲンを拠点にヨーロッパで活動。
1961年にアメリカに帰国し、当時注目されていたブラジル音楽のボサノヴァを採り入れたアルバム「ジャズ・サンバ」を録音。それによってジャズ界におけるボサノヴァ奏者の第一人者としての評価を得る。1963年にはジョアン・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンと共に「ゲッツ/ジルベルト」を発表し、グラミー賞4部門を独占する大ヒットとなり、アメリカ音楽界スーパースターの座を獲得。
以降自己のグループで1969年まで活動。その後72年まで半ば引退同様の時期を過ごす。1980年代に再びコンコードと契約し、ゲッツの円熟期を迎える。87年に肝臓ガンを宣告されて以来、演奏活動と並行して闘病を続けてきたが、1991年6月6日死去。
以上スタン・ゲッツは麻薬、それに関連する逮捕、その後のアルコール依存症、離婚に伴う莫大な慰謝料の支払い、ガンによる闘病と多くの困難を抱えていたが、それでも彼は演奏による自己表現がすべてであり、そこには天才の音楽があったと思う。
長々と書いたが、時代により天才ぶりの発揮に仕方が少しずつ異なるので、どの時代の演奏かを理解しつつ、彼の演奏を聴くとより理解しやすいのではないかと思う。今日ぼくが聞いている順番にアルバムを紹介する。

・STAN GETZ/CAFE MONTMARTRE
Kenny Barron ( Piano ) , Stan Getz ( Sax (Tenor) )
Victor Lewis ( Drums ) , Rufus Reid ( Double Bass )

1 People Time (6:11) , 2 I Thought About You (8:12) , 3 Soul Eyes (7:20) , 4 I Can't Get Started (11:13) , 5 I'm Okay (5:22) , 6 Falling in Love (9:01) , 7 I Remember Clifford (8:49) , 8 Blood Count (3:54) , 9 First Song (For Ruth) (9:53)
スタン・ゲッツが1987年7月6日に、コペンハーゲンのカフェ・モンマルトルで、ケニー・バロン、ビクター・ルイス、ルーファス・リードと行った素晴らしいライブ演奏の記録が2枚のCDとして発売された。それが、ANNIVERSARYとSERENITYである。この演奏会でバラードを一曲ピアノとのデュオで演奏し、これがまた大変素晴らしかったので、いつかデュオでアルバムを作ろうと言って、それが実現したのが1991年3月3~6日にかけての、同じコペンハーゲンのカフェ・モンマルトルで、ケニー・バロンとのPEOPLE TIMEというアルバムである。スタン・ゲッツの死の3ヶ月前である。これが彼の最後のアルバムとなったのである。
このSTAN GETZ/CAFE MONTMARTREというアルバムは、1987年と1991年のライブを編集したものである。1、3、5、7、9曲がケニー・バロンとのデュオ、2、4、6、8曲がカルテットの演奏である。晩年のゲッツの演奏がここに凝縮し、特にデュオでのI Remember Clifford、First Songなどは感動の涙なくては聞けないほどである。
多くの人に聞いてもらいたい1枚である。そして感動したら上記の3枚を手に取っていただきたいと思う。

晩年のスタン・ゲッツの紹介に力が入ってしまったが、初期の演奏も素晴らしい。

・STAN GETZ QUARTETS
このアルバムは1949年から50年にかけての、ワン・ホーン編成による初期名演集である。ゲッツの瑞々しい演奏はどの曲一つ取っても大変魅力的である。特にぼくが好きなのはWhat's Newである。

・THE SOUND
スタン・ゲッツがスエーデンのミュージシャンと、1951年に当地で初めて共演したアルバム。彼の紹介で広く知れるようになったDEAR OLD STOCKHOLMが初めて登場した。

たったこれだけ聞いただけでも、大満足であるが、彼の魅力はまだまだ尽きない。今回はこれでお終いとする。


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