ジャズ・オーディオの雑記帳
 by 6041のS
何に気付くか、何を願うか(2008.9.1)

 イギリスで19世紀から20世紀にかけて活躍した、小説家・詩人のトマス・ハーディについて書いた本を読んだ。人と思想「トマス=ハーディ」倉持三郎著、清水書院である。本の前半ではトマス・ハーディの生涯について、後半では彼の思想について記述している。
 ハーディがその生涯を通して確立し、その作品を通して主張している思想について、著者は次のように整理している。
1.キリスト教の世界観に対する懐疑
2.特権階級が支配者になっている階級社会批判
3.人間の性を隠微しようとするヴィクトリア朝の偽善
4.体制の下で苦しむ弱者に対する同情
 トマス・ハーディは心優しい人間であり、自分が社会的弱者の一人であるという観点から、多くの小説を書いたが、その手法が真実を凝視し、それをリアルに描いたために、主人公の弱者の結末は悲劇的、告発的となり、あまり明るい小説とはならなかった。彼が小説を書くのを断念し、後年もっぱら詩作に精力をそそいだのも、リアルすぎる小説の描写が、多くの読者の批判を浴びたからである。

思い出させるもの(前川俊一訳)

クリスマスの火のかがやきが
部屋を赤々と染めるのを見ているうち
何かのはずみで、ふと私の眼は
戸外の霜景色へと移って行く。

そこには腐りかけた実にありつこうと
一羽の鶫(つぐみ)がもがいているー困窮の果て
食べ物の屑にまで手を伸ばし
あんなものを有難がって啄んでいるのだ。

僕がこの日のよろこびを素直に受けとめる気になって
悲惨なものを視界から遠ざけようとしているのに
ああ、餓えた小鳥よ、なぜに君は
君の存在を僕に気付かせるのだ。


 先日親戚の法事に参加した。浄土真宗大谷派の僧侶が、無量寿経、阿弥陀経を唱え、参列者で正信偈を唱えたあと、僧侶がちょっとした説法を始めた。
無量寿経に、法蔵菩薩の発願というのが書いてあります。悟りを開いて仏となるに当たり、48の願をかけるのであります。そしてそれが成就しないうちは、私一人が仏になることはしないというのであります。法蔵菩薩というのは、悟りを開いて大願成就した後に阿弥陀如来となられたお方です。
 その48の願の第1番目が、私の国に地獄、餓鬼、畜生のものがいるうちは、私は悟りを開いて仏になることはしない、というものです。地獄とは、傷つけ害し殺し合う世界であり、戦争こそまさに地獄である。餓鬼とは貪欲、貪りの世界であり、欲に駆られて多くの争い、不幸が起きる。畜生とは弱肉強食をいい、人間同士が能力、資質の違いによって相手を差別する世界である。世の中からこういった不幸が無くならないうちは、私は仏になりません。そういった願をかけたのであります。
 振り返って、私たちそれぞれが持っている願と言うものは何でしょうか。残念ながら、昨今世情をにぎわしているニュースなどを見ると、モンスターといわれるような人も現れているようであるが、私たち一人一人が、世の中が良くなるように、個人の持っている願と言うものが調和しているか考えて見る必要があるのではないでしょうか、と言った趣旨の説法でした。


ぼくがオーディオを語る難しさ(2008.9.2)

 ぼくが「ジャズ・オーディオの雑記帳」を楽しみながら、しかし四苦八苦もしながら書き始めて、もう1年が経とうとしています。しかし結果的にはオーディオのことはほんの少ししか書けませんでした。上手く表現して伝える言葉が見つからないからです。それと、これはぼくの経験ですが、料理の味をどんなに言葉で表現して説明されても、食べたことの無い物は分からないのと同じで、自分で音を聞かないと分からないのではと思っているからです。もちろん何を伝えるかにもよります。しかしできれば音楽の感動を伝えたいと思っているからです。それが難しくて手がすくんでしまうのです。
 一方で大橋さんの書かれる「店主の独り言」を読むと、大変スムーズに音を表現されています。先日Iさんが購入されたハーベスのコンパクト7の音について、こう書かれています。
 「Iさんが「このSPの音をどう表現すれば良いんでしょうか」と訊かれたので私は「ハーベスの最大の特徴はこの低域だと思うんです。ポリプロピレン振動坂に共通する表現ともいえますが音が球型(ボール様)でしっかり弾む感じといいますか・・・タンノイの低域は裾野の広い富士山のような下に広がる感じの鳴り方をするのに対し、ハーベスはローエンドを欲張らない代わりに低域を弾ませて上下に動かすことの出来る数少ないSPです。だから量感を保ちながらも明瞭で混濁感がなく隅々まで音が見通せるんですね。この低音のカタチこそがハーベスの最大の特徴だと思います」と申し上げました。」
ぼくもその場にいたので良く覚えていますが、Iさんが質問されたのに対して、大橋さんは間髪を容れずに答えました。これは御自分が経験されていなければ言えないことだと思います。オーディオの事に関しては、ぼくはまだまだ経験が足りないと思っているのです。
 それでも、自分の音だけでなく、SUNVALLEY AUDIOを通じての仲間の皆さんの音や、ジャズ喫茶「グット・ベイト」の音、グット・ベイト関連の皆さんの音、オーディオ・フェアなどを通しての各社の音、などなどを聞かせてもらううちに、自分が出している音がどんな傾向の音か、そしてどんな音が好きなのか、少しづつ言えるようになりました。
 ぼくがおもに聞く音楽は、ジャズとクラシックです。どちらの音楽もある種の感動とか、心の平穏のようなものを期待して聞いています。そんな中でジャズを聴くときに、これは素晴らしい音だと思うのは、JBLの4344がきちっと鳴った時の音と、アルテックのA7が鳴った時の音です。この延長線上でさらにスケールアップできないかと欲張ることはあっても、この音の傾向はわりと一貫しています。しかしクラシックについては、まだまだ足元が定まっていません。アルテックの6041のスケール感も良いけど、タンノイ・オートグラフのホールトーンにつつまれるのも素晴らしいし、先日お聞きした第9のIさんのハーベス・コンパクト7の楽器の素晴らしい響きも良かったし・・・それぞれが良いと思うのだけれども、ではどれが一番好きかと言うと、足元がふらふらしているのです。ジャズを聴くときに好む、音のスピード感を感じながら、そこにしっかりとした音の定位(奥行き、広がり)を感じ、さらに弦楽器の響きが欲しい。言葉で言えば誰でも思うことかもしれませんが、なにを優先するかが自分でもいまいちなのです。いまはKit LS3/5Aでジャズではあまり気にしなかった、音のフォーカスを最優先にチューニングしてクラシックを聞いています。
 悩みは当分続きます。仲間の皆さんアドバイスをよろしく。


アーシーなボビー・ティモンズのピアノ(2008.9.5)




 ぼくはゴスペルソングが好きだ。大御所マヘリア・ジャクソンを持ち出すまでも無く、ヨランダ・アダムスとかシーシー・ワイナンスのCDを良く聞く。あのアーシーな感覚が大変魅力的である。
教会音楽といっても色々あり、ヨーロッパの伝統的な教会ではパイプオルガンの荘重な響きが圧倒的であり、ロシア正教では、パイプオルガンの変わりに男性の合唱が素晴らしい響き聞かせてくれる。しかしぼくがホッとして楽しくなるのは、ゴスペルソングなのだ。
 ジャズ界にもそんな感覚のピアニストがいる。それがボビー・ティモンズである。ボビー・ティモンズは祖父が牧師だったために、小さい頃から教会音楽の中で育った。そのために彼の演奏は、時としてゴスペルを連想させるアーシーな感じがあり、これが好きなのだ。彼は作曲もし、数々のヒットを飛ばし、むしろこれで有名になった。最も有名な曲は、アート・ブレイキーとジャズメッセンジャーズが演奏した「モーニン」であろう。BNのオリジナル盤およびフランスRCAに録音したサンジェルマンでのライブは、誰でも知っている曲であろう。もちろんピアニストはボビー・ティモンズである。彼特有の3連譜を多用したのりの良いアドリブが展開され、サンジェルマンのライブでは、会場にいたピアニストのヘイゼル・スコットの感極まる叫びが録音されていることでも有名である。次に有名なのが、キャノンボール・アダレイ・クインテットがイン・サンフランシスコというアルバムに入れた「ジス・ヒア」という曲である。当時のファンキーブームを代表するような曲で、これも大変アーシーな雰囲気を持っている。
 このように、ボビー・ティモンズは自分のリーダー作を発表する前に、「モーニン」および「ジス・ヒア」のヒットにより名前が知られるようになってしまった。そして1960年になって初めてリーダー作を発表する。それがTHIS HEREというアルバムだ。このピアノトリオの作品に彼のヒット曲が含まれており、彼のアーシーなピアノを楽しむには最適な1枚である。彼がリーダーとなって初めてライブ録音をしたのが、61年のIN PERSONというアルバムである。このアルバムではファンキーな彼の演奏に加えて、スタンダード曲では洗練された粋なピアノも聞かせてくれる。ピアノトリオのテーマ曲である「ダット・デア」も彼の作曲である。
 彼は38才という若さでなくなっているので、これ以外にもアルバムはあるが、ここに示したアルバムを超えるようなものはあまり無いように思う。


思いがけない出会い(2008.9.8)

 昨日、とあるジャズクラブに顔を出したら、名古屋でライブハウスを経営されている、プロ・ジャズギタリストの方が、友達の方と遊びに見えていた。しばらく談笑されていたが、そのうちにギターを取り出して演奏を始めた。ケニー・バレル風の素晴らしい、ブルースフィーリングにあふれたジャズギターの演奏にぼくも思わず引き込まれてしまった。プライベートでお見えになったのか、ソロの演奏をなさっていて、しばらくすると、どなたか一緒にやりませんかと声をかけられた。すると、ジャズ喫茶の店主らしき方が前に出られて、ドラムを叩き始めた。これがなかなか聞かせるのである。ジャズのドラムの特徴である、裏打ちはもちろんのこと、相手の演奏を聴いて時々あおったり、ギターが演奏を止めて、フォー・バースの交換を要求しても、しっかりと対応してジャムセッションの楽しさを感じさせてくれるのである。曲調がアップテンポからスローに変わると、スローは難しいと言いながらもしっかりとリズムをキープしているのである。ボサノバのリズムもさらりとこなしてしまい、本当に多彩なのである。もちろんアマチュアであるので、プロのようなテクニックは要求できないが、それでもジャズフィーリングいっぱいで、聞いていて十分楽しめました。
 またしばらくすると、今度はアマのギターの方が前に出て、ギターのデュオが始まった。この方はアマチュアといっても、ジャムセッションなどに時々参加されているらしく、大変上手い方である。どちらかがメロディーラインを弾くと、どちらかがリズムのキープとかコードをつけると言ったやり方で演奏がすすむのであるが、阿吽の呼吸で出来るのである。特にプロの方は多彩で、チャッ、チャッ、チャッ、チャッとフレディ・グリーン風のリズムギターを繰り出されると、思わず体がスイングしてしまう。それでも、やはりアマの方が上手いといっても、プロとの差は出てしまう。プロの演奏は独特の間とか、ためと言った物があり、それがグルーヴィーな雰囲気をかもし出し、聞き手をうならせるのである。こういうことが出来るのは、演奏するときに自分の中でリズムを感じているからだと言う。
 会話の中で、どなたかがジム・ホールも良いねと言ったら、彼は独特の音色があるよ、と言って、プロの方がギターを引き出すと、驚いたことに、同じギターでも今までと音色が変わってしまうのである。少しウエットな響きのジム・ホールになってしまうのである。目の前でこんな風に演奏してもらえると、聞いている方も分かったような気持ちになってしまう。不思議なもんである。

 家に帰って今夜の出来事を思い返してみると、無性にジャズギターが聴きたくなりました。余韻の覚めやらぬうちに聞いたのが次の5枚のアルバムでした。
 「ハロー・ハービー」ハーブ・エリス
 「ア・ナイト・アット・バンガード」ケニー・バレル
 「ジム・ホール・イン・ベルリン」
 「ハーフ・ノートのウエス・モンゴメリーとウイントン・ケリー」
 「タル」タル・ファーロウ
思いがけない出会いによって、ギター好きになったとまでは言えないものの、今まで以上にジャズギターの良さが分かったような気がしています。特にブルースフィーリング溢れるものが良いですね。


ズート・シムズ特集(2008.9.10)

 少し前までは、毎月10種類以上の雑誌を定期購読していた。半分は仕事の関係の学会誌とか業界団体の機関紙であったが、半分は興味で購読していた。「日経サイエンス」宇宙と医学の関係、「ステレオ」「Analog」オーディオの関係、「図書」なんとなく止めないで、そしてジャズの関係ではSJ社の物を、などなどである。しかし今では定期購読は0である。その代わり自分で本屋に足を運び、気に入ったものを時々買うようにしている。理由は3つ有る。1つは歩留まりの問題である。あまり多くのものを購読していると読まないものが出てくる。内容も、いつもいつも興味あるとは限らない。時間に余裕が出来たので本屋に足を運んで選べばよい。2つ目は置き場所の問題である。1年経ってみると驚くほどの嵩になってしまう。3つめは中古で買えばよいものもある。資料として持っていたいような物は中古でも十分使える。という様な事を考えて、定期購読をやめてしまった。
 ジャズに関する雑誌は発行もそんなに多くなく、もっぱらSJ社の物を読んでいたが、この雑誌はその時々の話題とかCD評とかは大変情報も多いが、データ的な価値のある記事は少ない。そこで現在注目しているのが「ジャズ批評」である。この雑誌も、いつもいつもではないが時々嬉しい特集がある。以前で言えば、アート・ペッパー、エリック・ドルフィー、マイルス・ディヴィス、スタン・ゲッツの特集などである。

 そして今回はズート・シムズの特集である。こういう特集をやると、世の中には、必ずその道の達人という方がいて、普通の人では考えられないほどの努力をして、素晴らしい知識とコレクションを持っておられる。例えば、私が良く行くジャズ喫茶「グット・ベイト」のマスターは、エリック・ドルフィーのコレクションとその知識は、知る人ぞ知るという方である。
 そして今回の特集では、まず最初の見開きにある素晴らしいカラー写真のLPジャケットに目を奪われる。リーダー作、準リーダー作他で132枚の藤井さんという方のコレクションが並び、次にヴォーカルの伴奏とビッグ・バンドの108枚の佐藤さんと言う方のコレクションが並んでいる。これをじっくり見ているだけでも楽しい。そして本文の中では、1枚1枚の細部データが記載されている。それから、いろいろな方が選んだ、ズートのベスト5が解説つきで掲載されている。
 読み物としてはこちらのほうが面白いが、ぼくとしてはお二人のコレクション・データに圧倒的に目を奪われる。と言うのは、ぼくも不完全ながら、ズート・シムズのディスコグラフィーを作っており、現在270枚程度をカウントしているが、見逃しているものの発見はないかとか、ジャケットを添付しているが、分からないジャケットもあるので、ジャケットが見つからないかとか、このデータを使って、ぼくにとっての色々と新しい発見が期待されるのである。
 一つ残念なことを言うと、お二人のコレクションはLPが中心であり、CDのみで後から発売されたものは対象外になっている。現にマシュマロ・レコードから来年の2月にZOOT SIMS LIVE IN JAPAN 1977 Vol1というのが新たに発売の予定となっている。(今回はLPとCDの併売でそれぞれ限定999枚)
 ZootのDiscographyの完成は当分望めそうもない!





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