ジャズ・オーディオの雑記帳
 by 6041のS
バッハ作曲のマタイ受難曲(2008.12.16)

 ぼくがまだ学生だった頃、友人の家に遊びに言った時に、そこのお姉さんがバッハ作曲のマタイ受難曲を聞きながら、涙を流していた。この曲を聞くといつも涙が溢れて来ると言っていた。ぼくはどこにそんな力があるのか不思議に思ったものである。
 それから15年くらいたって、音楽を趣味として聞いているうちに、エラートよりミッシェル・コルボ指揮のローザンヌ室内管弦楽団によるマタイ受難曲の新譜が発売となり話題となった。ぼくは昔の思い出がよみがえり、これを入手した。対訳表を見ながら、全曲を通して聞いてみたが、第1印象はとにかく疲れたというものであった。ところどころに音楽として美しいと思った箇所はあるが、イエスの受難を想像して感動するということは無かった。その後リヒターの指揮した物を入手して聞き較べをしたりした。そしてこの事がマタイ受難曲を理解するのに大きな転機となった。
 マタイ受難曲というのは、マタイによる福音書の26章から記述が始まるキリストの受難について、バッハが作曲した物である。これを聞き較べるには、あるまとまった章毎に聞いてその表現方法を比較するのが良いと思う。この曲の中でもすばらしい場面の一つ、「ペトロ、イエスを知らないという」の場面26章69~75節は新約聖書では次のように記述されている。

 ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、「あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた」と言った。
 するとペテロは、みんなの前でそれを打ち消して言った、「あなたが何を言っているのか、わからない」。
 そう言って入口の方に出て行くと、ほかの女中が彼を見て、そこにいる人々にむかって、「この人はナザレ人イエスと一緒だった」と言った。
 そこで彼は再びそれを打ち消して、「そんな人は知らない」と誓って言った。
 しばらくして、そこに立っていた人々が近寄ってきて、ペテロに言った、「確かにあなたも彼らの仲間だ。言葉づかいであなたのことがわかる」。
 彼は「その人のことは何も知らない」と言って、激しく誓いはじめた。するとすぐ鶏が鳴いた。
 ペテロは「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うであろう」と言われたイエスの言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。

 (新共同訳:日本聖書教会)

 これがバッハ受難曲では次のように構成されている。

 38.レチタティーヴォ(26章69~75節)
 福音史家

 ペテロは外で中庭にすわっていた。するとひとりの女中がかれのところに来て言った。
 女中1
 あなたも、ガラリア人イエスと一緒にいましたね。
 福音史家
 しかし、ペテロはみなの前でそれを打ち消して言った。
 ペテロ
 あなたが何を言っているのか、わからない。
 福音史家
 そして、ペテロは入り口まで出てゆくと、ほかの女中が彼を見て、そこにいる人々に言った。
 女中2
 この人も、ナザレ人イエスと一緒だった。
 福音史家
 そこでペトロは、またも打ち消し、誓って言った。
 ペテロ
 そんな人のことは知らない。
 福音史家
 しばらくすると、そのあたりに立っていた人々が近寄ってきて、ペテロに言った。
 合唱2
 たしかに、あなたもあの仲間だ。言葉のなまりで、それがわかる。
 福音史家
 すると彼は、ののしるように誓いはじめた。
 ペテロ
 そんな人のことは知らない!
 福音史家
 するとすぐに、鶏が鳴いた。そこでペトロは、イエスが言われた「鶏が鳴く前に、三度わたしを知らないと言うだろう」という言葉を思い出し、外に出て激しく泣いた。
 39.アリア(アルト)
 憐れみたまえ、わが神よ、
 私のこの涙ゆえに。
 ごらんください。私の心と目は
 あなたのみ前でさめざめと泣いています。
 (服部幸三 訳)

 このようにレチタティーヴォによって聖書の内容を朗唱し、その後のアリアでイエスの言葉どおりに、3度もイエスを知らないと言ってしまったペテロの心中を歌い上げている。このアリアがバッハのマタイ受難曲の白眉の一つである。これをリヒターの演奏では、レチタティーヴォの緊迫したやりとりが厳しく表現されており、アリアに入ると少しその緊張が解けた感じになってしまう。コルボの演奏はむしろアリアに向けて徐々に緊張が高まってゆき、本当に感動的なアリアとなる。ぼくはどちらかというとコルボの演奏のほうが好みである。
 演奏を比較するつもりで聞いていたのだが、繰り返し聞いていると、ストーリーとか指揮者がどのように表現しようとしているのか少しずつ分かるようになる。いつの間にか音楽にも感動するようになった。


歌謡曲のレコード(2008.12.17)

 ぼくはジャズとクラシックのLPを今でも集めているが、中古屋でレコードを見ていると、多く売っていてしかも安いのはJ-ポップの分野のLPである。ぼくはこれらには手を出さないが、時々美空ひばりとか石原裕次郎のLPがあるとついつい買ってしまう。先日も知立のアピタの近くにあるリサイクルの店でLPを見ていて、クラシックのLPを13枚買ったが、それ以外に歌謡曲のLPを1枚買った。買ったのは藤圭子の「歌いつがれて25年、藤圭子演歌を歌う」というアルバムで、1970年の10月に東京の渋谷公会堂で実況録音され、12月に発売された彼女の3枚目のアルバムである。

収録されている曲目は、【A面】1.圭子の夢はよるひらく 2.リンゴの唄 3.なくな小鳩よ 4.港が見える丘 5.星の流れに【B面】1.銀座カンカン娘 2.カスバの女 3.好きだった 4.有楽町で逢いましょう 5.南国土佐をあとにして【C面】1.黒いはなびら 2.潮来笠 3.アカシヤの雨がやむとき 4.出世街道 5.お座敷小唄【D面】1.網走番外地 2.女のためいき 3.池袋の夜 4.長崎は今日も雨だった 5.命預けます という彼女の持ち歌以外に、いわゆる演歌の代表的な曲を歌っているのである。
 ぼくは時々スピーカーをセッティングするときの、両スピーカーの定位と位相をチェックするのに歌謡曲のレコードを使う。人間の声が聞き分けるのに分かりやすいからである。ただ当時の先端技術のマルチ録音だと、一つ一つの音の輪郭ははっきりと聞こえるが、音像の定位がぼやけてチェックに不適なものもある。実況録音されたものであれば、声は中央でしっかり録音されているだろうという期待もあった。レコードなど使わずにCDで出来ないのかと思うのだが、レコードを聞くときに、CDで調整しただけだと微妙なずれがある。原因はレコードプレーヤーの調整の仕方とか、使用するカートリッジの特性に起因する場合が多いが、とにかく最終調整にレコードが必要なのである。ちなみに、今ぼくが良く使っているのは、都はるみの「夫婦坂」というシングル盤である。この盤はカートリッジの汚れにも敏感で、少し汚れていても彼女の高く伸ばした声が歪んで聞こえる。
 家に帰って聞いてみると、これがなかなか良いのである。オーディオのチェックに使えそうなという意味でも良いが、それ以上に彼女の歌が良いのである。この頃はデビューして1年ちょっとの頃であるが、どすの利いたハスキーがかった声で、暗い節回しで、しかも不思議と伸びやかに歌う独特の雰囲気があり、聞いていると、思わす彼女の世界に引き込まれてしまうのである。彼女は色々世間の話題になったりしたが1979年に突然引退してしまった。今は宇多田ヒカルの母親ということで知られているが、改めて聞いてみると、こんな雰囲気を持った歌手はもういなくなってしまった。
 歌謡曲のLP1枚で随分楽しんでしまったが、まだクラシックのLP13枚が待っている。


90枚のLP(2008.12.18)

 ぼくはCBS/SONYが発売した、The Great Collection of Classical Musicという100枚シリーズ(仮称:名画シリーズ)のLPを順次集めている。現在までに半分の50枚以上は集まった。1枚1枚コツコツと集めていたのだが、ネットオークションを見ると、これが結構100枚セットでオークションに出されている。ぼくは楽しみながら、苦労しながら集めていたが、ネットを使えば簡単に集まってしまうのだ。そんなことを友人と話していたら、俺も昔同じようなセットを買って持っているよ、もういらないから譲ってあげるよという話になった。

 どんなセットか見せてもらうと、Liberta The Great Collection of Classical MusicというタイトルのLPが90枚のセットである。ロンドン、ドイツ・グラモフォン、フィリップスという3つのレーベルに録音された演奏が収録されている。セットの構成はMUSE、APOLLO、JUPITERの3部門に区分され、MUSEにはホームミュージック的な作品が、APOLLOとJUPITERには交響曲、管弦楽曲、協奏曲、室内楽が収録されている。名画シリーズとはまったく別のものだと分かったので、譲り受けて家に持ち帰りレコードを取り出してみた。本人も言っていたように、まだ一度も聞いたことが無いLPが大部分で、傷一つ無いぴかぴかである。
 だがよく見ると厄介な問題が発生している。細かい埃の付いた部分にカビが発生しているのである。使用しないで長い間保管していたがための発生である。このカビを取らないで再生すると、プチプチとノイズが発生する。とりあえずMUSEの10枚ばかりを洗うことにした。
 洗浄の仕方は、LPの直径以上の丸いお盆を流しの中に置き、その上にLPを載せて、水道水を流しながら、家庭用の食器洗い洗剤をスポンジにつけてゴシゴシと洗うのである。レーベルの部分はスポンジでこすらないように注意して行う。レーベルは水に濡れても乾かせば問題ない。但し、一部のレーベルの紙とか、赤系のインクを使用したものは、水に濡らさないようにしなければならない。その後、タオルで濡れた水を軽くふき取り、ガーゼハンカチでさらに丁寧にふき取る。これをしないで乾かすと、水垢跡がLPに付いてしまう。そして半日くらい日陰で自然乾燥させる。乾燥した後にジャケットに収納する時は、中袋を新しいものに取り替える。これをしないで古い中袋を使用するとまたカビが発生しやすい。
 これだけの処理をすれば、LPのノイズは大幅に低減し、新品同様になる。ぼくは中古レコードを買ったときは、わくわくしながら、たいていこの処理をする。しかし神経を使いながらこんな作業を続けるのはなかなか疲れるし、一度に沢山のLPを乾燥させる場所も無い。ぼくの根気では一度に10枚が限界である。しかし、今回は90枚もある。考えただけで気が重くなる。毎日やったとしても10日近くかかるのだ。
 とりあえず10枚を洗い終えて、乾燥させながら、その中の1枚を聴いている。「美しく青きドナウ~シュトラウス・コンサート(Ⅰ)」ウィリー・ボスコフスキー指揮・ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団である。ぼくは以前ボスコフスキー、ウィーン・フィルの「シュトラウス・ポルカ・マーチ集」を聞いて、演奏・録音共にすばらしいと思っていたので、真っ先にワルツ集を聞いてみたのである。やはりウィンナワルツはウィーンのオーケストラの独特のリズムが楽しい・・・ということで残り80枚をモチベートしなければ!


初めてのオーディオの師匠(2008.12.19)

 今から30年位前の話であるが、当時刈谷のユニーの地下1階にオーディオコーナーがあり、色々と豪華な製品が展示してあった。そこに出入りして音を聞いているうちに、どうしてもJBLのスピーカー3434Bが欲しくなり、1点買いをしてしまった。家に持ち込んでT社のアンプにつなぎ音を出してみた。店で聞いた音とは似ても似つかぬひどい音に唖然とした。当時のぼくはアンプにつなげばそれなりの音は出るだろうと思っていた。その程度の知識でJBL4343Bを買ったのである。それからは、鳴らないJBLを抱えて頭痛の日々が続いた。高い買い物をしただけに家人に弱音を吐くことも出来ず、主だった電気店を回りながらのアンプ探しが始まった。どの店でも、JBLに合うアンプと言うと、かなりの金額のアンプを進められたが、今度は慎重になりなかなか決断できなかった。
 そんな時に出会ったのが、刈谷のマツヤ電気の2階にあったオーディオ部門を担当されていた吉田さんという方である。オーディオに関しては実に博識な方で、いつも店に行って話をしていると、時間があっという間に過ぎてしまった。吉田さんにJBLが鳴らないと相談すると、それならばアンプを貸してあげるから自宅に持ち込んで音を聞いて見なさい、と提案してくれた。ぼくは、ヤマハのアンプ(これは高音がじつに美しく鳴った)、オンキョーのアンプ(これは低音の出方がすばらしかった)、GASのアンプ(音は良かったが、取り扱いが恐ろしかった)などをメーカーから取り寄せてもらって試聴したが、決定打にはならなかった。それぞれのアンプの良さを兼ね備えたアンプは無いかと言ったら、そんなものは無いと吉田さんに言われた。結局平均点的に(予算も含めて)これにしようと決めたのが、アキュフェーズのC200XとP300Xというアンプである。それからはオーディオに関してはいつも吉田さんに相談に行った。しかしある時会社の方針で、これからが期待できるパソコン部門の強化のために、岐阜にある店舗に転勤になり、それがきっかけで縁遠くなってしまった。
 吉田さんに教えていただいたことの中で、特にアナログ関係のことは今でも随分と役に立っている。ぼくが今も使っているアナログプレーヤーのシステムの一つは、吉田さんと相談して買ったものである。ターンテーブルにDENONのDP-80、同じくキャビネットはDK-2300、トーンアームにSAECのWE-407、フォノケーブルにオルトフォンのラダータイプなどである。そしてこれらの調整方法も吉田さんに伝授してもらった。カートリッジについても、吉田さんはじつに多くのものを持っておられ、ぼくも貸してもらった。今でもDECCAやオルトフォンのカートリッジの音は印象に残っている。
 アナログに必要な小物類も、吉田さんに教えてもらった。カートリッジの針先の汚れのチェックには、20倍のルーペを使い、それを掃除するにはオーディオテクニカのAT637という超音波洗浄器を使い、クリーナー液はAT-607を使う。(この洗浄器は今でも使っている)レコードの埃取りには同じくオーディオテクニカのAT-6012が優れものであると教えてもらった。またLPの保護に、SOUND GUARDという乾性被膜剤を使うと磨耗や静電気対策になるといわれ、この液もいまだに手元にある。
 もう吉田さんとお会いする機会は無いが、これらの品々を見ると時々吉田さんのことを思い出す。幸いに今でも多くのオーディオの師匠に恵まれ、色々と教えを受けている。特にアナログレコードの取り扱いについては、グットベイトのマスターに、オーディオ全般についてはSUNVALLEY AUDIOの大橋店主にお世話になっている。


バッハのブランデンブルク協奏曲(2008.12.20)

 音楽が人に何かの感動を与えるとするならば、モーツァルトは愉悦と哀愁を、ベートーヴェンは祈りと思考の試みをぼくは感じます。しからばバッハは何か。すべての感情を包み込んでしまうような大きさと安らぎを感じます。そして今はバッハの音楽を良く聞いています。先日、SUNVALLEY AUDIOの大橋さんがお見えになったときも、バッハを良く聞いていると同じように仰っていました。
 バッハの音楽であれば何でも良いと思っていますが、今日はリヒターの演奏するブランデンブルク協奏曲の全曲を聴いていました。ブランデンブルク協奏曲と言う名称は、この曲をプロシャのフリードリッヒ大王の叔父に当たるブランデンブルク辺境伯にバッハが献呈したことに由来しています。全部で6曲あり、それぞれが、各種の楽器のための協奏曲となっている。1番はホルンとオーボエ、2番はトランペット、フルート、オーボエ、ヴァイオリン、4番は2本のリコーダとヴァイオリン、5番はフルート、ヴァイオリン、ハープシコードとなっており、3番と6番は弦楽器の合奏曲となっている。
 そんな中で第5番ニ長調の第1楽章で有名なハープシコードの独奏部分を聞いて、改めてリヒターの演奏に感激しました。そんなことがきっかけで手元にある5番の演奏を録音したLPをごそごそと引っ張り出して、演奏を聞き比べて見ました。
 ★ニコラウス・アーノンクール指揮 ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス(TELDEC)
 ★カール・リヒター指揮 ミュンヘン・バッハ管弦楽団(DG)1967年録音
 ★コレギウム・アウレウム合奏団(ハルモニア・ムンディ)1966~7年録音
 ★クルト・レーデル指揮 ミュンヘン・プロ・アルテ室内管弦楽団(ERATO)
 ★ユーディ・メニューイン指揮 バース音楽祭管弦楽団(Angel)
 ★ネヴィル・マリナー指揮 アカデミー・オブ・セントマーチン(PHILIPS)1971年録音
 ★パブロ・カザルス指揮 マールボロ音楽祭管弦楽団(CBS/SONY)
 ★ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィル(DG)1964年録音
 全部で8枚のLPがありました。ぼくの好みはここにならべた順番です。マリナーのものはハープシコードの独奏部分が大幅に短縮されたものです。カザルスのものは唯一ピアノを使用しています。ぼくはハープシコードのほうが良いと思います。カラヤンのバッハは聞く必要ないでしょう。アーノンクールのものはピリオド楽器を用いて溌剌とスケール大きく演奏しています。リヒターは定番中の定番でしょう。

 今年も早いもので、あと10日で終わろうとしています。

 世の中は激動の変化に見まわれています。以前の仕事であった自動車の関連では、アメリカのビック・スリーの危機が伝えられ、日本の自動車産業も大幅な減産を余儀なくされ、しばらくは我慢の状態が続くでしょう。一方農産物では、日本の食料自給率が40%と世界の先進国の中では最低の水準にあります。多くの食料を輸入に頼る中で、中国産の食品の安全性に信頼がなくなり、中国産というだけで売れなくなってしまいました。困った業者が国産と偽るなどして、世間を騒がせています。今は日本の消費者の中国離れでと言って済ませれますが、中国の生産者の日本離れが進むと、将来的には困るのは食料輸入大国の日本の方です。消費者が安心できるようなシステムを両国関係者で作り上げ、中国産も消費者が安心して選択出来るように望みます。
 そんな中で、ぼくの農業研修も1年目の終わりに近づいています。ぼくの所属している地産地消科は、この地域で生産した安全で新鮮な野菜を、この地域の人たちに消費してもらうことで、フードマイレージを下げ、食料の自給率を上げたいと願っています。その為には消費者とどうつながり、ニーズを汲み取り、販売のネットワークを築いてゆくか、野菜を作ること以外にも色々と課題があり、チャレンジするエネルギーが必要です。
 ぼく個人としては、定年退職後に親から引き継いだ農地で、家庭菜園に毛の生えた程度の野菜作りを始め、同じ作るならばしっかりしたものを作りたいと思って研修を始めたので、地産地消に貢献するなどという目的意識を持っていたわけでなく、個人的な理由が動機だったわけです。しかし1年経ってみると、もう一度社会に貢献できるならば、という思いも少しはよぎります。残された1年の研修の中で自分の体力、気力、能力とも相談しながら、決めたいと思っています。

 これを読んでくださる皆さんも、良いお年をお迎えください!




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