ジャズ・オーディオの雑記帳
 by 6041のS
心機一転(2001.4.1)

 2月は体調不良により、3月は未曾有の大惨事となった東日本大震災の影響、および身辺の多忙などが重なり、雑記帳を2ヶ月もお休みしました。
 月が改まったことをきっかけにして、生活も平常に戻す必要があり、また雑記帳も続けることにしました。とりあえず、3月に書きかけていたものを載せます。

庭のヒヨドリ(2011.3.3)

 農ライフの仲間より、昨年の暮れに沢山のミカンを頂いた。果物好きのぼくは、せっせと食べたりジュースにしたりして美味しくいただいた。しかしなにぶんにも量が多く15個くらい食べ切れなかったものが、皮も硬くなり残ってしまった。捨てるのももったいないと思い、輪切りにして、庭に植えてあるエゴノキとぐみの木の枝に刺してみた。
 しばらくして見てみると、皮を残すのみで中身がきれいに食べられていた。鳥が食べたのである。どんな鳥が食べに来るかと興味しんしんで、新しいミカンをセットした。5分と立たないうちに鳥がやってきた。長さが25cm以上はあると思われる、尾の長いすらりとした鳥で、くすんだ色である。これが1羽とんできてミカンをついばんでいる。

 朝1個、昼から1個とミカンを枝に刺して2~3日観察してみて次の事が分かった。やってくる鳥は1組のつがいと、単独で来る全部で3羽である。外観を観察して野鳥図鑑を調べてみると、これはヒヨドリのようである。同じ木に時々スズメがとまっているが、スズメほどには警戒心は強くなく、より近くまで近づくことはできるが、それでもある距離を越えると逃げてしまう。しかしどこで見ているのか分からないが、ミカンをおくと5分から10分くらいで食べにやってくる。どうやらこの辺りを縄張りにしているようである。かんきつ類の大好きなメジロもミカンを食べに来るが、すぐにヒヨドリがやってきて追い払う。つがいのヒヨドリよりも単独でやってくるほうが強いようである。
 農業をやっている人間は、ヒヨドリに対しては良い感情を持っていない。100羽以上が集団でとんできて、イチジクなどの果物をあっという間に啄ばんでゆく。冬のキャベツなども食べられてしまう。カラスについで農作物に被害を与える害虫である。我が家の庭でも椿の花が何者かに食べられたり、木蓮の花が食べられてりして、見るも無残になってしまうが、どうやらこのヒヨドリの仕業のようである。
 集団でやってくるヒヨドリは憎むべき害鳥である。しかし冬の庭に単独でやってきて、ミカンを啄ばんでいる姿はなんとなく微笑ましい。この落差をどう折り合わせるか。
 ミカンがなくなったら庭のヒヨドリは忘れることにしよう。

めぐり合わせ(2011.3.6)

 3月にはいると住んでいる自治区の色々な役員の改選がある。自治区役員(区長、副区長、区会議員)、お寺とか神社の役員、農事組合、配水惣代等々である。基本は選挙(1世帯1票)であるが、わが自治区では立候補制をとっていないので、選挙結果によって突然当選しましたと言うことになる。農事組合と配水惣代は輪番制である。いずれも誰かがやらなければいけない役であるが、それぞれに事情もあり、右から左にハイ判りましたと言って引き受けれるものでもない。

 実はこの2年間、ぼくも配水惣代の主任と言うのを勤めてきた。配水惣代と言うのは、農業用水(この辺りは枝下用水)のこの地域におけるパイプラインの管理をする。個々の田に配る農水の水量を調整したり、設備の保守・保全をしたり、設備の設置周りの雑草の管理をしたり、各農家の要望・苦情の処理とか、特に主任は結構忙しい。
 水道もそうであるが、水の中に空気が混入すると、パイプライン破損の大きな要因となるので、空気弁というのを取り付けて空気のみを大気に放出するようにしてある。
 空気弁の構造は右の図のように、筒状の中にプラスチックでできた球体が入っており、筒に水が満たされている時はボールが浮き上がり、筒の頂部に開いた小孔を塞いでいるが、空気が入ると球の浮力が落ちて、球が下がり、頂部の小穴より空気が抜けるという構造になっている。農水の場合は水道水と異なってゴミが混入しやすく、それが筒の中に入ると球が動かなくなり、水が溢れ出すという事故につながる。そうすると農道が水浸しとなる。
 これを修理するには、空気弁の入っているマンホールの水をポンプでくみ出した後、空気弁の下部についているコックを閉めて、水圧を落とした後、空気弁を分解してゴミを除去する必要がある。言葉に書くとこういうことであるが、実際にはボルトが錆びて動かなかったり、パッキンが固着していたりして、しかもその作業を狭いマンホールの中で行う必要があり、慣れないとなかなか厄介である。
 農家の人たちが輪番制で配水惣代を引き継いで行くのであるが、主任ともなると時間的余裕とか、諸問題に対する調整能力とか色々あり、若い時に1度は配水惣代を経験した人で無いとなかなか困難である。したがって1年位前から誰が適任か見当をつけて、本人に打診し推薦するのである。
 やっとその任務から今回開放されると言うことで、ぼくも一息つけると思っていた。ところが今日区長より、選挙の結果、区会議員に当選したのでよろしくと言ってきたのである。ぼくの住んでいる地区からは2名の区会議員が選出されるが、1名が3年勤めたので休養期間に入るというタイミングで、ぼくにお鉢が廻ってきたのである。色々あったが結局引き受けることにした。
 ある先輩が、諸役が廻ってこないようにするには、皆の前で杭を打つときに、尖った方を上にして平らな方を下にして打つと、お前は何をやっているのだと言って杭も打たせてもらえなくなる。そうすると良いと教えてくれた。・・・しかし、それもなかなか難儀なことである。
 この年になってまた一つ、今までに経験したことの無い体験ができると思って、やってみようと思う。


大橋さんのオートグラフ(2001.4.24)

 しばらく正面からスピーカーと向き合って音楽を聴くという行為から遠ざかっていました。といって全然音楽を聞かないというわけではなく、部屋にいて何かをするときには何となく音楽が鳴っていました。そういう生活をしていると、関心事は別の行為にあり、音楽は背景でしかありません。したがってジャズとオーディオの雑記帳を書く中身がありませんでした。ジャズとオーディオ以外の雑記帳になってしまいます。(今でもそうですが!)
 しかし先日の日曜日に、大橋さんのオートグラフが嫁入りする前のお別れ会に参加する事ができました。その時の感想は大橋さんの店主日記に紹介されています。
 「大橋さんのお宅にお邪魔してみると、すでにF原さんとK藤さんがお見えになって、音楽が鳴っていました。え、これが大橋さんのオートグラフの音か!一瞬そう思わせるほど大きく音が変貌していました。誰が聞いても音楽の再現性で言えば、素晴らしい音に変化していました。まずクリヤーで、滑らかで、広がりがあって、一流のコンサートホールの最良席で聞いているような音です。ここまでの音に仕上げるには、アンプなりCDトランスポートなり、その他色々な検討の努力の成果だと思います。
 しかし、ぼくは以前の音にそれなりに納得していました。大橋さんが試聴室で鳴らしている端正な音は、それで素晴らしいと思いますが、家ではこれとは対照的に、ゆったりした音で聞いているのかなと思ったりしていたのです。
 きっと聞き納めが近いということで、一度端正に鳴らさなければと思ったのかと想像したりしています。いずれにしてもオートグラフをここまで鳴らして、次の方に引き渡すということは、受け取る方はラッキーですね。
 それにしても、CECのTL3Nというトランスポートは良いですね。あの音を聴くと、平常心では居られないですね。ぼくはアナログを聞く事が多いので、少し踏みとどまって、皆さんの使い込みの感想を聞きたいですね。
 音楽を聞きながら、色々な皆さんのお話をお伺いしていると、大変勉強になります。いつものオフ会の皆さんには、本当に感謝です。」
 と、大橋さんの、オートグラフをここまで鳴らし込まれた技術と情熱に大いに刺激を受けました。と同時に、今回始めてお話をさせていただいたF原さんとK籐さんというお2人にお会いできたことも大変感激しました。
 特にK籐さんが、ぼくが大橋さんにお持ちした、アルフレッド・ハウゼのコンチネンタルタンゴのLPを見られて、好いですね、私も聴いていますよ。といわれた時には、雑食性の強いぼくとしてはホッとしました。
 ぼくはクラシックもジャズも聞きますが、オフ会の皆さんは、どの方も皆さんクラシックにとても造詣が深く、ぼくなんぞは足元にも及びません。いつも一方的にお話をお聞きしているだけで、心苦しく思っているのです。
 家に帰ってかけた1枚のCDはやはりジャズでした。スタン・ゲッツのボサ&バラード~ロストセッションから1曲目のSUNSHOWERが流れています。スタン・ゲッツのリラックスしたバラード・プレイも良いのですが、ケニー・バロンの哀愁のあるピアノ、ジョージ・ムラーツのメロディアスなベースライン、ぼくの大好きな演奏です。
 本当に今日は良い一日でした。




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